2013年11月25日月曜日

愛と慈悲と忍耐と

唐突ですが、現在我々夫婦は東海地方に住んでおります。
私は先月まで東京の往復生活をしていたので、引っ越してからも住んでいる街に
馴染もうとせず、休みの日はただただ家で引きこもっておりました。

今月からはいよいよ本腰を据えようと、街の探検を始めてみました。
車も4年ぶりに運転して、行動範囲も拡大中。
何があるのか、何が出来るのか、妄想が広がってきます。
そんな時、あの、ダライ・ラマ氏が静岡にやって来るということを聞きました。見に行かなきゃあ。

数年前、北国に赴任していた時、道を歩いていると、人がなにやら集まっていて、しばらくすると
黒い車に乗った天皇と美智子様がスピードを落として窓を開けて、手を振って通り過ぎました。

おぉぉ。

それまでは、
テレビの中でしか見たことのない人。
歴史上の人物。
国の象徴。

よく空港や街で芸能人を見かけたりすると、やっぱり一般人とは違うんだわ、という空気が
漂っている気がするのです。気のせいかもしれないけど。
だけど、一瞬だけ見れたかのお二人は、なんだか、これまでに感じたことのない『大物』感が。
あぁ、本当に、ただ者ではない。


ただ、天皇と美智子様が過ぎ去った後、なーんか、あれー、なんかこの感じ、知ってる気が
するなー。なんだろうなー。 と、モヤモヤしていたのですが。

あっ
ミッキーだ!
あくまで個人的な見解です。祖母に言ったら「不敬罪!」と叱られてしまうことでしょう。
でも、私の感じたそのオーラなのかなんなのか分からないけどその雰囲気、それは
あの、ネズミーランドに住んでいるミッキー氏のものと、酷似していた気がするのです。

それを夫に話すと夫も、「確かに皇居なんて、ディズニーランドみたいなもん(はい色々失礼!)だし、共通点はあるのかもね」とまんざらでもなさそうな感じで。ミッキーの中の人が気になるけども
世界的なスターだし、やっぱり、歴史に残るような存在というのは、特別なのかもしれない。


で、ダライ・ラマ氏です。
歴史上の人を見たい、とミーハー心でラマ氏の話を聞きに行きたいと思ってしまった私です。
オレンジというか黄色というか、素敵な色の僧衣に身を包んで、ピッカーと光って見えました。
まぁ主観なので。知り合いは「普通だった」と言ってました。衣装(!)の効果もあるのかなぁ。
どだい失礼な発言が続いて、関係者の方々すみません。

私にとって宗教は日常に根付いているものではなく、海外の方に宗教は何か聞かれ、ハッとしたものです。「 ・・・・仏教?」と、クエスチョンマークをつけながら答えると、相手の答えは 
輪廻転生ってクールだよね!というものでした。  ハハハ、輪廻転生、、クールなんかぁ。
あとは毎朝神棚に向かって毎日手を合わせる、というもの。 神道だしさっ。 
(夫によると海外の人に宗教を聞かれた時は、“ZEN(禅)”と答えるのが正解だそうです^^;なんじゃそりゃ)

でも、祈りの場というものは、こよなく好きです。
横浜にいた時は鎌倉のお寺を巡るのが好きでしたし、東京もお寺や神社があるとつい足をとめて
入ったり。海外旅行でも教会とかあるとフラリと入って深呼吸をすると、なんか、異国にいるのに、
とても落ち着くんですよね。人が祈る気持ちというのは、世界中どこへ行っても同じなんだなーと。
(実家は熱心でない仏教と神道でしたが、幼稚園と高校がカトリック系だったので、「神様はいる」「神様は見ている」と聞かされていたので、今でも“誰かに見られている”感を拭えない私です。  ちなみに、人間は自分の意志で心臓を動かすことは出来ないので、何か、見えない大きな力はあると思ってます。それが、神様という解釈で良いのか分かりませんが。)

今回ダライ・ラマ氏も参加したイベントは、6つの宗教がそれぞれ富士山に向かって祈りを捧げる、
というものでした。静岡だからね。富士山の見える丘で執り行われました。
神道、キリスト教、イスラム教、修験道、チベット仏教、日本仏教、の6つ。
コンセプトは素晴らしかったけど、写真撮影可、ということで、参列者のみんなが携帯やアイパッドをかざしながらの参拝だったので、なんだか神妙な雰囲気はほぼありませんでした。
あ、私もパシャパシャやってました。 ミーハーな国民性なのです。ごめんね聖職者のみなさん。

それぞれの宗教が、神に奉仕するための様々な踊りや歌を持っていて、それを披露(奉仕?富士山に向けて)してくれました。現在は歌や踊りといったものは芸術的、文化的なくくりのものになってはいるけど、人がそもそも踊りや歌を発展させたのは、神に捧げるためだった、というのをどこかで聞いた気がするので、重要な部分なのだと思います。

以前、どこかのライブハウスでお坊さんがお経のライブをしているというのを聞いて観に行きたいと
思ったのですが、夫が「不謹慎だ」といって怒ってた気がするのですが、私は良いと思うんです。
色々な祈りの形があって。お坊さん方は毎日発声練習してるから声も良いし、お経はそもそも
耳に心地よいものだし、そうやって宗教が日常に入り込んでいくのは、とても良いことだと思う。
もっと身近に感じた方が楽しいのじゃないかなーと。 ゴスペルとかみたいにさ。


で、話は戻りますが、ダライ・ラマ氏の講話がその後に続きました。
内容は結構長くて忘れてしまいましたが(あほなので)、印象に残っているのは、
違う宗教の間で様々な闘争があるけど、信仰する理由というものはほぼ共通していて、みんな、
愛と慈悲と忍耐を学ぶためにしていることである、といったようなことでした。
有難いお話でした。 なんせ声が、良かった^^。

宗教は違っても、学ぶことは同じ。 私もそう思う。
大して宗教に関心もなく、戦争の無い平和な国で暮らしている私が言ってもなんの説得力も
ないけど。  愛も慈悲も忍耐も大して持ってないわー、、そっかー。 先は長いな。


その後、参列者もダライ・ラマ氏も聖職者のみなさんも一緒に祈りの時間が設けられました。
祈り、かぁ。
私の祈りたいことって、なんだろうな。
痩せたい?妊娠したい? それって、願望か^^;(特にひとつ目)。
神様に伝えたいことではないよね。。。
・・世界平和、というのはもちろんだけど、壮大過ぎるかな。

ふと心に浮かんだのは、先日、妊娠後期で死産されてしまった、大好きなブロガーさんでした。
交流はないので、私のことは知らないと思いますが、私は好きで読ませてもらってます。
文章から、人となりが伝わってきて、大好きなブログのひとつです。
それは先週に突然起こり、あまりにショックで言葉を失っておりました。
自分が流産した時は、人を慰められるような言葉をかけられるような人になりたい、だなんて
大口たたいていたくせに、いざ直面すると、もう、何も言えない。 ただただ呆然としてました。
どうしてこんなことが? 神様なんて、いないのかなと。(一応、神様はいると思ってます、、)

(神様は)本当にびっくりするほどひどいことをすると、妹が生後4ヶ月で亡くなった時に思いました。
人が亡くなるのは仕方のないことだけど、小さくて可愛い赤ちゃんを奪わなくても、良いのに。
心臓を握り潰されるような辛い出来事は、ある。 でも、生きていかなきゃいけない。


何も出来ないけど、祈ることなら、出来るのかな、
どうか、あの人の心が癒やされますように。
どうか、前を向ける日が近い将来に来ますように。

2013年11月18日月曜日

笑っちゃうぜっ

どなたかのブログに書かれていた、「移植後の笑いが着床率を上げる」という研究結果に
ものすごーく、心動かされました。 やっぱり、笑いって、世界を救ってるのね。

最近移植された方々へ。そして、いつか移植出来た時の自分のための覚書に。
あ、でも笑いのツボは人それぞれだと思うので、大したことない、なんて怒らないでね。。

夫と私は日常、大した内容のメールのやりとりはしていないのですが、たまに夫が脈絡なく
画像やら映像やらを送りつけてきます。 そして私はいつもそれに笑わせてもらってます。
その、一部です↓  あ、全てネット上から拾ってきたものらしいです。だめなのかな。。



非常にシュールな漫画版『こころ』


天皇をもてなすくまモン


きっと、小学生に効果は見えにくいよね。


 蛭子能収さんが提案する、東京オリンピックのキャラクターだそうです。『トカイッコ』。


 あの高視聴率ドラマ、3連続。
迫真の演技が、、。
おぉ、高視聴率。


評価の高さに、頬がゆるみます。


あ、、、分かってしまった。


“ボブ”と検索すると出てきた画像。 ・・・・・・ボブ!

 と、短いですがこの辺で。
にほんブログ村 赤ちゃん待ちブログ 不妊(赤ちゃん待ち)へにほんブログ村 赤ちゃん待ちブログ 不妊(30代後半赤ちゃん待ち)へ

2013年11月17日日曜日

D8 卵管造影検査→旅行→D2 診察 その参(検査結果)

前回の続きですが、旅行中の、D9あたりに鮮血がちらりとあったので、あれ、卵管造影で
出血した?なんてのんきに考えていたのですが、D10でそのまま赤い衆らがやってきました。おぅ。
予定に無かったので、サニタリー用品は持っておらず慌てましたが、幸いにもホーチミン市は
都会なのでコンビニエンスストアなどもあり、急遽購入して事なきを得ました。

で、本来はD12であったはずのD2の日の朝7時に成田空港へ到着し、その足で杉山へ。
短い旅行ではありましたが、初めて訪れる土地で緊張もしたことで、その時既に疲労困憊。
杉山へ着く頃にはヘロヘロになっておりました。
先週の月曜日に杉山のロビーで、汚いジーンズ姿に黒い顔をしていたのが私です^^;。
夫は成田からそのまま自宅へ。冷たいやつめ。

D2にも関わらず内診してもらうことになりました。
子宮はすっかり生理中の形をしているとのことで、内膜も1mmくらいだったかな、
そんなに薄くなるのねっ というくらい薄くなってました。
卵巣も両方共ひしゃげた感じの黒い影が見えました。

先生も頭を捻らせて、うーんとうなり、結局その場で血液検査をすることになりました。
一時間ほどで結果が出るとのことで、丸の内をウロウロして、フォーを食べてから戻りました。
結果、E2の値が89くらいあって、生理中にしては高いそうで、やっぱりおかしい。
ひょっとしたらまた数日後に卵が育ってくるかも。 なんて予想をしてくれたのですが、
来周期からステップアップを考えていたので、ピルで強制的にリセットしてもらうことになりました。

・・最近、なんか妙に気分が悪い時間がある、なんて気になっていたのですが、
妊娠もしていないのに、気持ちが悪くてなんか嫌だな。脳腫瘍とかでも気分が悪くなると
聞いたことあるし、、、なんだろう。病気だったら困るな。

なんて思っちゃったけど、プラノバールを飲んでるんだった!
(プラノバールの副作用のひとつに、眠気や気分の悪さといったものがあるようです)
ハハハハ^^; AHOですね。

そうそう、プラノバールを2週間飲んで、3~5日後に生理がくるそうで、
そうしたら体外受精周期に入りたいと思います。お金の用意が出来たから、、。

本当は、ものすごく怖いです。
この数ヶ月、ステップアップをすることを視野に入れては来たけど、
同時に、このまま諦めて、夫婦2人で過ごすか、里親になるか、違った選択を
することもあるよね。と、そんなことをグルグルと考えてきました。

3月に妊娠出来た時、内診の度に「今回ダメでも、絶対にまた挑戦する」と
思っていたけど、時間が経つうちに、もう、あんな想いは二度とごめんだと、
ここ数ヶ月はそんな弱気な気持ちが勝るようになってきて、はっきりいって怖気づいていました。
「赤ちゃん待ち」のカテゴリーには、私なんかより大変な思いをされてる方がたくさんいるのに、
これしきのことでへばってる自分が情けないですが。
それに、こんな逃げの気持ちから乳児院に行っても、かえって失礼ですよね。

昨年の春に、ラーメン屋ののれんをくぐる気分でKLCにステップアップした時とは大違い(呑気すぎた、、)
病院も、KLCに戻るとか、他の病院への転院も考えてはみたのですが、この数カ月お世話に
なって、診察にも満足していてカルテもあることだし、杉山でやってみようと思います。

ただ、ここ数ヶ月は生理自体がおかしいので、決めたからといってすぐに出来るのかは
分かりませんが。でもやるとなれば、身体のめぐりを良くして、身体を温めて臨もうと思います。
がんばろう、ウム。

(検査結果)なんですが、不育症と着床障害の血液検査の結果が出てきました。
特に目立ったところは無かったのですが、「第XII因子凝固活性」(なんのこっちゃい)という
項目が人よりも若干高いそうで、血液が固まりやすいとのことでした。
もし上手くいけば、念の為にバファリン等薬を処方してくれるとのことでした。

↓PCの環境も整ったので、再び貼り付けられるようになりました。よろしかったらお願いします。
にほんブログ村 赤ちゃん待ちブログ 不妊(赤ちゃん待ち)へにほんブログ村 赤ちゃん待ちブログ 不妊(30代後半赤ちゃん待ち)へ

2013年11月15日金曜日

D8 卵管造影検査→旅行→D2 診察 その弐(旅行記)

1週間ほど前に風邪をひいたのですが、咳喘息になってしまい、咳に苦しむ今日このごろです。
帰国して病院に行って、気管支拡張などの薬はもらって飲んでいるのですが、まだ効いてこない、、
咳のしすぎで肋骨の内側に、切れてる?という痛みが、、、ぅぅ、みなさん咳にはご注意を。

そうそう、生理周期が10日で終わっちゃった、というつまらない話の途中でしたね。
今回は治療と全く関係無いのですが、ちょっと旅を振り返りたいと思います。
他に残せる場所が無いから・・。興味のない方はスルーしてくださいね。

D8で卵管造影検査をした後、成田へ走り、夕方の飛行機に飛び乗ってベトナム(ホーチミン市)へ
行ってきました。
我家の夫は非常に気まぐれ。 旅行に限らず、ふと夫が思いついた時、思いついたことをするので
私としては気が休まりませんが、結婚生活8年間で柔軟に(?)対応出来るようになりました。
夫の休みは、私の仕事。

で、今回は夫ルーレットによって、ベトナム旅行が組まれました。
特に行きたいと思ったことはありませんでしたが、いやーとても面白く興味深い旅でした。
ホーチミン市中心部
ビテクスコ・フィナンシャルタワー
街並みは、フランスの植民地時代の面影を残しながら、新しい建造物がたくさん出来ていました。
“わー、(フレンチコロニアル)可愛い~”などと声が漏れましたが、現地の人にとっては「植民地」
であった時代は決して誇れるものではないから、そんな風に“可愛い”などとはしゃぐのは、
ちょっと違うのかしらと、勉強不足な私は微妙な心境でしたが。でも、素敵だな。
市民劇場

ホテルマジェスティックのシャンデリア
友人にベトナムへ行って来たことを言うと、「雑貨屋さんめぐりした?」と最初に聞かれるのですが、
いやいや、きまぐれ夫との旅行でショッピングタイムは、ありません。
最終日にささとスーパーに寄ってお土産を買うので精一杯でした。
ゆっくりショッピングとか、したいなぁ。 コテコテだけど、アオザイとか作りたかったなぁ。

食事も全て美味しくて、日本人の口にぴったりだと思います。
空芯菜の炒めもの、茄子のグリル
海鮮土鍋ご飯(むっちゃ美味い)
ビビリなので、屋台は怖くて食べれなかったのですが、レストランに入っても、大概は日本よりもずっと安価に食べられます。
上の写真はベトナムの家庭料理を出している『フーンライ』というお店のものです。
現地に住んでいる夫の友人に聞いて行ったのですが、毎日食べたい味でした。
オーナーは日本人らしいのですが(あ、でもお客さんは日本人だけじゃなかったよ)、コンセプトが、スタッフには元ストリートチルドレンや貧困家庭からの子どもたちを教育して雇用している、ということだったので、それも少し驚きました。

だって、スタッフのみんなはプロフェッショナルな接客と英語をマスターしている子ばかりで、
改めて私の偏見と価値観の狭さを感じました。 “チャンスさえあれば” なんだなぁ。


初日から、クチ・トンネルという、ベトナム戦争時代にゲリラ戦が行われた跡地を観光しました。
ホーチミンからバスで2時間くらいの場所にあります。 インターネットで「ベトナム ツアー 日本語」
と入れると、色々なツアーが日本語ガイド付きで申し込めます。
クチ・トンネル
↑ジャングルの地下にこーんな穴の住居があって、ベトナム戦争中、アメリカ軍に抵抗する
ゲリラ勢力がこの中で暮らしていたそうです。全長250kmだったかな?
穴の大きさは幅60cm、高さ1m。試しに入らせてもらいましたが、私の前を歩いていたおじさんが、
膝が痛い、といって動けなくなり、後ろから人は来るし、酸素は薄いし、若干パニックになる始末でした。 当時はもっと狭かったというし、いやー、ベトナム人てすげぃ。

そういったゲリラ達に手こずって、アメリカ軍は枯葉剤を撒いてジャングルを一掃しようとしたわけですが、枯葉剤の影響に私はまさに腰を抜かしました。
戦争証跡博物館の写真展より
ベトちゃんドクちゃんは日本人にもなじみがあると思いますが、ベトナムでは現在でも彼らのような枯葉剤の影響を受けた子どもが毎年産まれているそうです。
上の写真は、女性の両親が枯葉剤を大量に浴びたんだけど彼女は健康に生まれ、、
ところがその子どもに影響が出ていた、というもの。何世代にも渡って影響が出るそうです。
ベトナムには現在400万人の枯葉剤による疾患を抱えた患者がいるそうです。
街を歩いていても、たくさん見かけました。


私としては過去の話だと思っていたけど、まだまだ現在進行形で。
いやーー。アメリカは、本当に、してはいけないことをしてしまったんだ。
決して許されてはいけないこと。
原爆もだけどね。

でもね、クチ・トンネルへ行った時の日本語ガイドさんは、ベトナム人だったんですが、
歴史のことも本当に詳しくて、何を聞いても答えてくれるような賢そうな人で、
植民地時代、ベトナム戦争時代を感情込めて苦しそうに話してくれるんだけど、
一方で、ベトナム人は、それらを忘れようとしている、とも話してくれました。

さすがに高齢者は記憶に新しくてアメリカに対する憎悪を隠そうとはしないらしいんだけど、若い人たちはアメリカの文化を受け入れ初めているのだそうな。  ・・・偉いよなぁ。

はぁ、思い出すと感慨深くなっちゃうなぁ。
自分の無知かげんを改めて反省。


今回の旅行は、思いがけず色々と感じさせられたものになりました。
帰りの飛行機でふと思い出したのはフーンライ(レストラン)で働いていた元ストリートチルドレンの若者たちの笑顔がとても素敵だったことで、あれだけの社会経験と自信を身につけたら、どこでもやっていけるだろうなぁ。皆とても仲が良さそうで、彼らは彼らが家族なのかもなーとも思いました。
色んな家族のカタチがあるんだなーと。
あと、戦後38年ということなのですが、復興ぶりに頭が下がる思いでした。
ベトナム人、やっぱすげぃ。


なにはともあれ、咳が辛くてポジティブなことが何も浮かばない、、。
やっぱり体力は必要だなぁ。

最期まで、ありがとうございます~。

2013年11月12日火曜日

D8 卵管造影検査→旅行→D2 診察 その壱

いやー、、なんか最近、いよいよ私の下半身が変です。(いきなりの下半身事情ですみません。)
9月に、生理周期18日で生理が来てしまい驚愕していたのですけど、
今回は10日で周期が終わってしまいました。 うーん。

33歳の頃に派遣で働いていた職場で、「最近身体の調子がちょっとおかしいんだよねー」
ようなことを同世代の女性に話したら、「女が下り坂に入ったんだよ」と言われたことが印象深く。
あれから4年。 私の女力もこれまでなのか。
・・もともと女力の低い私なので、ちょっとした変化にもビクついている次第です。


今周期は、きまぐれ夫のきまぐれ旅を予定していたので、人工授精は半分諦めていたものの、
蓋を開けてみたら、D8で卵管造影検査をしてそのまま成田へ。
3泊5日の旅行をして、D12に成田到着、そのまま杉山へ行って卵胞確認をする、というスケジュールが組めたので、“わ~、上手くいくと、良いな~”なんてファンタジーを思い描いていたのですが。
まさかの生理周期わずか10日でのリセットでした。  おぅ、まい。

とりあえず杉山の予約は取り消さず、生理2日目にもかかわらずエコーで排卵されているか、
確認してもらいました。 ・・生理中の内診、好きな人なんていませんよね(涙)。

D8の卵管造影検査の話に戻りますが、体外受精にステップアップするのなら、しなくても良いのかもしれませんが、今後は体外の間に人工を挟みながら、と考えているので、やっぱりやっておこう。
できることは、なんでもしよう。

卵管造影検査も今回で3回目となりました。前回2回とも問題は無かったのですが、一応。
初めて行ったのは、ちょっと古めの産婦人科で、内診室で管を入れたあと、腰にタオルを巻いただけの姿で、待ってる患者さんの横をテクテク歩いてレントゲン室に行きました。
2回目は不妊治療専門クリニックで、内診台に座ったままで、いつも見ているエコーのモニターに
卵管造影の画像が映り、おぉ、と不妊治療クリニックの設備の高性能なのに感動を覚えました。

果たして杉山は、どうなのかしら?
前者でした。
内診室からレントゲン室は歩いて数歩のところでしたが、一応待合を通るので、
誰もいなくて良かった。ほっ。  ・・てか、誰とも会わないように、時間を設定してくれたのかな。
レントゲン室は、よくある普通のレントゲン室で、人ひとりが横になれるような台がでーんとありました。 先生がこんな服を着て現れて、(↓誰だろう、、写真勝手にお借りしてます)
液を入れながら、何枚か写真をとりました。 いやー、痛かった!
でも先生がどうぉ?なんて様子を聞きながらしてくれるので、気は紛れましたが。

結果は、痛みはありましたが両方共卵管は通っておりました。
でもいつか院長先生が言っていたのですが、卵管は通っていても、卵管采が内蔵のどこかに
くっついてしまっていて、卵を取りに行けていない、というケースもあるそうなので、
卵管造影検査で異常なし ≠ ピックアップ障害ではない
ということではないそうです。 まぁ念のため。

で、その後は夕方の便に間に合うよう、成田へダッシュしたわけですが、
卵管造影検査は人によっては気分が悪くなってしまう人もいるようで、私もその晩は微熱があったので、あまり無茶なスケジュールは組まないほうが良いなぁと思いました。当たり前か^^;。

長くなるので、続く。

2013年11月6日水曜日

『置かれた場所で咲きなさい』

3、4年前、本屋をうろついていた時、本の背表紙に書いてあって、“良い言葉だなー”と思い、
それ以来そのフレーズが頭に残って、いつしか定期的に浮かぶようになりました。
買わなかったのですけど、、。

ググってみると、渡辺和子さんという修道院にいる方が書かれた本が出てきました。

あれー、でも、私が見たのは違う方の本だったので、よく言う言葉なのかしら。。
渡辺さんの本しか出てこないから、消えてしまったのか、、可哀相な。


“置かれた場所で咲きなさい”


背筋の伸びる言葉だなぁ。
・・先ほど片付けをしながら転勤妻の不平を頭の中でグルグルし始めかけた時、
この言葉に、グイーっと引戻されました。

いろんなシーンで使えそうですよね。
ちょいと、書き留めておきます。

2013年11月5日火曜日

「死ぬときに言う」

まだ新婚で私がメルヒェン全開だった頃、夫に「結婚して、良かったね~」とのろけたところ、
返ってきたのが↑上の言葉です。
“本当に結婚して良かったかは、今言えることではなく、死ぬときに初めて分かる”ということらしい。
なんか、シビアですよね。 新婚の時くらい、客観的にならないで欲しいものですが。
でも、夫のそんなところも嫌いではないのです、はは。 ・・とはそんなことはどうでもよいですね。


先週東京での仕事を締めくくって、最後の日はグループの皆さんとご飯を食べに行き、
花束なんてもらってしまったのですが、そのお花達も今朝にはいよいよ元気なく、萎れてきました。
もう前を向いて、始動しなさいということだと思うのですが、何をすれば良いのか、分からない・・。

早くて来月にステップアップを予定しているので、とりあえずはのんびりを企てております。
歯医者を探そうとベネッセのウィメンズパークにログインして、住所変更をしたところ、
現在の街の掲示板に、様々な人が書き込みをしていました。

“引っ越してきたばかりです。お友達になってください。3歳と1歳の子どもがいます。”
昨日書かれたらしいその書き込みに、既に3件くらいの返信が入ってました。
それぞれ同じ歳くらいのお子さんを持った女性達から、、ぁぁいいな。

先日夫の先輩夫婦が来てくれた時も、お互い転勤族なので、新しい街の感想を聞いたところ、
「子どもがいると、どんどん知り合いが出来て、世界が広がるんだよねー」と。
やはりそうだったか・・。 薄々分かってはいたのだけどね、 ヘンッ。




テレビの話なのですが、NHK教育でやってる『グレーテルのかまど』という番組が好きなのですが
“ヘンゼルとグレーテル”の末裔の姉弟、という設定で、瀬戸康史扮するグレーテル(弟)が、姉ちゃん(ヘンゼル)のためにスイーツを作る、という30分の料理番組です。
毎回、美味しそうなお菓子が出てきて、面白いのは、それにまつわる様々なエピソードが用意されているので、美味しそうなだけではなく、ちょっとした感動もついてきます。
“オードリー・ヘップバーンのチョコレートケーキ”とか、“宮沢賢治のアイスクリーム”とか。
・・瀬戸康史くんがイケメンである、というところも大きいですが。

私が今回いつも以上に感動してしまったのは、“沢村貞子の大学芋”。
沢村貞子さんは、1908年、芸能一家に生まれた女優で、甥には長門裕之と津川雅彦がいます。(敬称略)
名脇役と言われ、晩年は随筆家としても活躍されていた方です。
家庭をとても大事にされてた方で、魅力的な役のオファーがきても、家族の夕飯を作れない
ものは断っていたのだとか。家事と仕事とどちらを取るか。といった質問には、「家庭があっての
仕事だから、まずは家事をすることを最優先します。毎日の基本を大切にしたいから」ような
返事に、なんだか素敵だなーと感じ入ってしまいました。 私は全てが中途半端なので(汗)。

『わたしの献立日記』沢村貞子著

とはいっても、最期まで過ごしたご主人とは、37歳の頃、お互いに家庭を捨てて(!)一緒になったというので、いつも、“捨てられる側”につい感情移入してしまう私としては少し微妙な心境ですが^^;。 (やるなぁ)

365日欠かさず食事日記をつけて、ご主人の好物を作ったそうです。なかでも食後の大学芋が彼の好みだったそうで、日記には頻繁に登場します。
ご主人が亡くなられてから、彼女宛ての一通の手紙が見つかったそうです。
内容は、“何の取り柄も無い自分に、唯一降ってきた幸運はあなたです”ような感じのものだったそうです。そういったことを生前、一度も言ったことのない人だったので、とても驚いたのだとか。

その手紙のナレーションが流れて、その思いやりのある言葉に自然と涙が出ました。
彼女も、「私はひとりだけ、幸せに出来たんだわ、とおもったの」と話していて、素敵でした。


して、我家の夫の言う、「死ぬときに言う」は、はたしてどうなるのでしょうか。
私は夫を、幸せにすることは出来るのでしょうか。 今から怖いです^^;。

2013年11月1日金曜日

レンタルビデオ

私はNHKの朝の連ドラを見て、その後朝イチという番組を見ています。
今朝は有働アナウンサーが、「以前連ドラはヒロインの心境になって見ていたけど、
最近はもう、母親の心境になって見てる」といっていたのに、ものすごく共感してしまった。

先月まで一緒に働いていた派遣仲間のUさんは、30歳と言ってたけど、見た目は新卒。
外見も中身も可愛くて可愛くて、私は内心「息子の嫁に来て欲しい」と思ってました。なんだそりゃ。


レンタルビデオ、、もうDVDなのにどうしてもそう呼んでしまう。
私は以前はスカパーを利用していて、中毒のように海外ドラマを見ていたのですが、
最近は落ち着いて、BSの海外ドラマチャンネル(Dlife)を少し観る、くらいになりました。
その中でも、先月までやっていた『ホームランド』というアメリカのテロ対策を主題にしたドラマに
どっぷりハマり、毎週楽しみに見ておりました。
『ホームランド~帰還兵はテロリスト?』
まるで、“奥様は魔女?”的な軽い感じでそんな言葉を使わないで欲しいと思いつつ。
アカデミー女優のクレア・デーンズがCIA捜査官役を主演しています。
双極性障害(躁鬱病)を持っていることを隠しながら、仕事に心血を注いでいて、
テロ防止のために被疑者に近づいていく、とても難しい役どころを演じています。

これまでのアメリカのドラマって、“善人が悪人を叩く”、的な単純な構図があったと思うのです。
このドラマは少々込み入っていて、でもやはりテロはイカンだろう。という所には落ち着くのですが、
その行程にはアメリカという大国が抱える人種間の問題や、宗教や戦争の問題を浮き彫りにしていて、飽きずに最後までかぶりついて観ることが出来ました。CIAの情報収集の実態とかも、、、。

他のアメリカのドラマで、新米刑事が「悪人を逮捕する」と言うと、中堅の女性刑事が「それは誰?」
なんてやりとりを見ると、なんか、アメリカドラマも変わってきたなーと感じている今日このごろです。
(上から)

で、シーズン1が終わってしまって放心状態だった私は、“も、もう待てない”とばかり、近所の
ツタヤへ走ってシーズン2を大人借りして一気に観ることにしました。

しかし、次のシーズンの続投が決まってるドラマの最終話というのは必ず、これまでにないくらいハラハラの終わり方をするので、もうそれはやめて欲しいですよ。 
一応安心な感じで終わって欲しい。 シーズンとシーズンの間って、かなり開くので、その間ずっと気になりっぱなしなんですよこっちは。  あぁ腹立たしいな。

果たして、シーズン2もクレア・デーンズは頑張ってくれてました。いやー、すごいね。
見終わった感想は、、、「早くシーズン3を放映するか、DVD化してくれー」。
ほーんと、あんな終わり方ってあり?といった感じです。(まんまと製作者の策にハマってます)
て、内容は難しくて書き表せないという。すみません。

ツタヤをうろついていましたら、なんとなく目についたDVDを手にとってみました。
『マザー』(2010年放映のテレビドラマ)
35歳の独身女性(松雪泰子)が、虐待されてる疑いのある女の子(芦田愛菜)を救おうとする、というお話です。

確か当時職場でこのドラマを見ている人がいて、どんなに面白いかを力説していたのですが、
私は自己タイミングもままならず、不妊治療に行くべきか悩んでいて、一番沈んでいた
頃だったので、いかにもな『マザー』なんてドラマを観る気にはなれなかったのです。

最近は、精神的に一段落ついたこともあり、今年、同じ脚本家のドラマ『Woman』を観て、
そちらも凄く良かったので、なんとなく手にとって、なんとなく借りてみました。

結果、
な、なんじゃぁこりゃー!
と、いうくらい、良かったです。
いやー、衝撃的でした。
脚本家、天才。

ネタバレですが、松雪泰子は6歳の頃に里子に出されたという設定の女性なのです。
2人の母の間で心が揺れ、芦田愛菜に母性を抱く課程やら、感動爆弾があらゆる所に隠されてるので油断してるとウォン泣きをしてしまいます。
私が里子の事も考慮に入れるようになったからなのかは分からないけど、高畑敦子の里親母さんぶりも、ほんと素晴らしいなー。ちなみに、女社長という設定でお金に不自由していないという
ところはなんだか共感出来ないけど^^;、“母は強し”。やっぱりその一言に立ち返ってしまいます。

ちなみに、ネグレクトする母親役が尾野真千子で、その(虐待する)恋人が綾野剛でした。
まだ脚光を浴びる前の2人が、そんなところで共演していたなんてびっくり。
後半では尾野真千子がどうして子どもをネグレクトするように荒れていったのか、という話に数十分も費やしていて、脚本の奥深さを改めて感じました。

今回発見したのは、最近テレビで芦田愛菜のモノマネをしている芸人やしろ優、いますよね。
私はいつも笑ってしてしまうのですけど「全く似てないのに、なんだかおかしい」と思ってたのです。
ところがこのマザーを観たら、どうやら似ている、 ということに気がついてしまいました。
くやしいけど、なんか、似てました(笑) 
(敬称略)

2013年10月31日木曜日

D1 心機一転

昨日で東京での仕事を終えて、4ヶ月の往復生活が終わりました。
その間、あわよくば再び妊娠したいな、などと目論んでおりましたが、うーむ、本日リセットです。

今後数年に渡っての、新しい土地での生活が始まります。
東京、大好きでした。
その前はとある北国の街にいたのですが、その頃は田舎生活が板についていた私です。
畑を借りて野菜を育てたり、山登りしたり温泉行ったり、スキーを楽しんでおりました。
東京に転勤が決まった時は、都会のスピードについていけるかとても不安でしたし、
よく言う、“田舎の人はく温かくて、都会の人は冷たい”なんてフレーズも頭をよぎり、
東京にくるのに少々億劫がっていたものです。

でも結果、人なんて、どこに住んだって基本は変わらないものでした。
東京の人は確かに忙しい人が多いので、時間がない人が多い、といった印象でした。
それがイコール“冷たい”ことなのかというと、そんなことはないと思うんですよね。
一度スーパーの自転車置き場でドミノ倒しをしてる女性を見たのですが、通りがかりの人が
1人2台ずつくらい起こして、あっという間に直っちゃった、という所に出くわしました。
なんだか心がホワっとなりました。ご近所づき合いこそ無かったけど、職場では色んな人と
知りあえて、なおかつプロ意識の(何の?)高い人が多くて、とても良い刺激を受けたと思ってます。
今は、人間が“温かい”とか“冷たい”とか、んなもんはねーな。といったところに落ち着いてます。

むしろ、たくさんの人と出会えた東京は、私にとってはエネルギーと文化に満ちた街。
色んな場所から人が集まってきているので、“アウェイ感”を感じることもありませんでした。
あーー、またいつか、戻りたいなー。鮭のように。

先日東京にいた時に以前住んでた街の美味しい和菓子屋さんに寄って夫へのお土産を
買おうとした際、夫婦2人にもかかわらず、4つも買ってしまいました。
私は時々やってしまうのです。とっさに、2つだけ買うのが寂しくて多めに頼んでしまうという。
夜自宅について、ふいにお隣さんへ持っていくことにしました。

夫には“そんな面倒なことはやめろ”近所づきあいなんてしなくていいよ、ということ?を
言われましたが、いいんだもん。都会じゃないから、時間はあるのだ。

お隣さんはSさんという、70代くらいのご夫婦で、二人共とても上品な佇まい。
今朝は“これから(仕事とか)どうしよーかなー”なんて思いながらテレビを見てるとSさんが
信州へ行ったお土産を持ってきてくれました。 始まりました、ご近所付き合いが。イシシシ。

なにやら、Sさん夫婦もこの土地出身ではないらしく、娘さんの嫁ぎ先の近所に越してきたとのこと。
まだ知り合いもあまりいなくて、孫も受験が始まるのであまり会うことは出来なくなり、
最近は暇なのだとか。、、、、そうか。

私の中で、打算が始まりました。
もしうちに赤ちゃんもしくは子どもが来てくれたら、この夫婦を頼ることにしよう。ヤッホーイ。
こうして今から少しずつ仲良くさせてもらって、いつか“ちょっと預かってもらう”くらいに
ならないだろうかと。二人共まだまだお元気そうだし、イケるんじゃないか。
なーんて、狸の皮算用に勤しんでいる次第です。フハハハ。


住めば都。
今住んでる街に初めて来た時、ふと、ここが大好きになってる自分を想像していました。
まだそんな好きではありませんけど^^;、数年後、そうなってると良いな。

2013年10月27日日曜日

D27 フライング

今朝、やってみましたが真っ白。心の目で見ても、白。
そうか、今回もだめだったか。。

というのも、今回は右の卵巣からだったので少し期待してしまっていました。
昨年の今頃カイロに行った際、「左側が働いてない」と言われたのですが、
その後気になって注意して見てると、いつも調子が悪いのは左の卵巣の時でした。
今年治療した何本もの虫歯は全部左だったし(関係ないかもですが)。

KLCで透明帯が欠けた卵子が採れた時も左。
2ヶ月前、一旦大きくなった卵胞が縮んでいき、D19で生理になってしまった時も左。

反対に、KLCの初採卵で3個採れたうち2個が胚盤胞になったのは右。
3月のAIHで妊娠出来た時も、右。

これだけでは少なすぎて断言出来ないかもしれませんが、
右の方が、調子が良いようなんですよね。

それに、昨日は朝から気分が悪くて、、ひょっとすると、つわりなのか?
よく考えたら、便秘気味だし!足の付け根も、痛い気がする!◯◯な気がする!
などと、期待に拍車がかかり始め、少し動揺していたのかもしれません。

今日は朝から夫と些細なことで喧嘩。
これは精神衛生的に良くないなーと思って検査薬を試すことに出たわけです。
もう反応が出る頃だろうと思って。



でも、がっかりはしてるのですが、なぜか、悲しくはありません。
というよりも、悲しむ気力が、もう、無い。

悲しむのも怒るのも、結構気力が必要ですよね。
最近は私も疲れていることから、夫に夫婦生活を強要(!)することはほぼありません。
ということは、イコール、ゼロなわけです。

最近、不妊治療に関する本を何冊か購入して読んでいたのですが、
不妊治療をするにしても、節句スレスというものは、本当に妊娠を遠ざけているのだそう。
ある哺乳動物は、性交することで排卵するし、それだけ子宮や卵巣を整える力があるのだとも。
まぁ、人間も哺乳動物だから、近しいものがあるのかもしれません。

よく、不妊治療中の人が言われたくない言葉、とか、言われて嫌だった言葉、というのが
話題になってますが、私は医師から「ちゃんと節句スしてる?」と、言われるのが一番嫌でした。
だって、出来てないから。だから、病院に来てんの。何言ってんのおっさん、と心で悪態つきます。

私にその意志があっても、相手にその意志が無ければ出来ないわけで。
夫はいつでも疲れてるから、言うのが憚られるし。
疲れてるから無理と私の提案を拒否した後、サッカー観戦しに行ったり山登りしたり。
それを責めると「分かった分かった、じゃーやろー」みたいな感じにはなるのですが。
だったら、「俺、ゲイだから」「俺、ロリコンだから」「お前を女として見れない」と正直に(?)
言ってくれた方が楽なのになーと思ってます。私だって、まだ恋人くらい、作れるのよっ。と^^;

これまでは、こちらから強要しなければタイミングを取れないという状況をものすごく悲しんで
いたし、それが怒りに変換されることも多々あったのですが、最近はなにも起こりません。
もう、怒るのも疲れた。悲しむのも面倒。怒ったところで、相手を変えることなんて、出来ないから。


あ、でも、仲は良いです。親友といった感じです。


あと何回人工授精をすれば良いのだろう?
よく、人工授精の成功率は5%~10%などと言われるのですが、
妊娠した人の80%は4回くらいまでに妊娠しているとも言われてるそうです。

私は2回目で妊娠出来たけど、流産後は仕切り直しで数え始めるのか?続きで数えるのか?
今月したので通算6回だけど、あと2回やれば、妊娠できる?うーん。

疑問が湧いてきたのでググってみたのですが、人工授精の成功率が低いのは、
そこにピックアップ障害や卵管閉塞といった症状の方も含まれるからだそうで、
不妊治療が必要無い人だけで確立を出すと、30%~40%にもなるのだそうです。
自然妊娠よりも、確立が高まるのだとか。そっかー。

でも、私の場合は昨年何度かした体外受精で成果が出せなかったということは
卵の質が悪いということ。おまけに高齢。3月の人工授精が成功したのは、奇跡だったのかも。
右の卵巣は機能してるしピックアップ障害でもないことは分かったけど、左は怪しいし。


体外受精にステップアップするタイミングを考えております。
不妊治療は選択の連続ですね。
夫婦2人の専業主婦をしてると、選択なんて、車の色を決める、くらいなので、
この選択を非常に難しく感じます。
うぅぅ、どうしよう。