帰国して病院に行って、気管支拡張などの薬はもらって飲んでいるのですが、まだ効いてこない、、
咳のしすぎで肋骨の内側に、切れてる?という痛みが、、、ぅぅ、みなさん咳にはご注意を。
そうそう、生理周期が10日で終わっちゃった、というつまらない話の途中でしたね。
今回は治療と全く関係無いのですが、ちょっと旅を振り返りたいと思います。
他に残せる場所が無いから・・。興味のない方はスルーしてくださいね。
D8で卵管造影検査をした後、成田へ走り、夕方の飛行機に飛び乗ってベトナム(ホーチミン市)へ
行ってきました。
我家の夫は非常に気まぐれ。 旅行に限らず、ふと夫が思いついた時、思いついたことをするので
私としては気が休まりませんが、結婚生活8年間で柔軟に(?)対応出来るようになりました。
夫の休みは、私の仕事。
で、今回は夫ルーレットによって、ベトナム旅行が組まれました。
特に行きたいと思ったことはありませんでしたが、いやーとても面白く興味深い旅でした。
| ホーチミン市中心部 |
| ビテクスコ・フィナンシャルタワー |
“わー、(フレンチコロニアル)可愛い~”などと声が漏れましたが、現地の人にとっては「植民地」
であった時代は決して誇れるものではないから、そんな風に“可愛い”などとはしゃぐのは、
ちょっと違うのかしらと、勉強不足な私は微妙な心境でしたが。でも、素敵だな。
| 市民劇場 |
| ホテルマジェスティックのシャンデリア |
いやいや、きまぐれ夫との旅行でショッピングタイムは、ありません。
最終日にささとスーパーに寄ってお土産を買うので精一杯でした。
ゆっくりショッピングとか、したいなぁ。 コテコテだけど、アオザイとか作りたかったなぁ。
食事も全て美味しくて、日本人の口にぴったりだと思います。
| 空芯菜の炒めもの、茄子のグリル |
| 海鮮土鍋ご飯(むっちゃ美味い) |
上の写真はベトナムの家庭料理を出している『フーンライ』というお店のものです。
現地に住んでいる夫の友人に聞いて行ったのですが、毎日食べたい味でした。
オーナーは日本人らしいのですが(あ、でもお客さんは日本人だけじゃなかったよ)、コンセプトが、スタッフには元ストリートチルドレンや貧困家庭からの子どもたちを教育して雇用している、ということだったので、それも少し驚きました。
だって、スタッフのみんなはプロフェッショナルな接客と英語をマスターしている子ばかりで、
改めて私の偏見と価値観の狭さを感じました。 “チャンスさえあれば” なんだなぁ。
初日から、クチ・トンネルという、ベトナム戦争時代にゲリラ戦が行われた跡地を観光しました。
ホーチミンからバスで2時間くらいの場所にあります。 インターネットで「ベトナム ツアー 日本語」
と入れると、色々なツアーが日本語ガイド付きで申し込めます。
![]() |
| クチ・トンネル |
↑ジャングルの地下にこーんな穴の住居があって、ベトナム戦争中、アメリカ軍に抵抗する
ゲリラ勢力がこの中で暮らしていたそうです。全長250kmだったかな?
穴の大きさは幅60cm、高さ1m。試しに入らせてもらいましたが、私の前を歩いていたおじさんが、
膝が痛い、といって動けなくなり、後ろから人は来るし、酸素は薄いし、若干パニックになる始末でした。 当時はもっと狭かったというし、いやー、ベトナム人てすげぃ。
そういったゲリラ達に手こずって、アメリカ軍は枯葉剤を撒いてジャングルを一掃しようとしたわけですが、枯葉剤の影響に私はまさに腰を抜かしました。
| 戦争証跡博物館の写真展より |
上の写真は、女性の両親が枯葉剤を大量に浴びたんだけど彼女は健康に生まれ、、
ところがその子どもに影響が出ていた、というもの。何世代にも渡って影響が出るそうです。
ベトナムには現在400万人の枯葉剤による疾患を抱えた患者がいるそうです。
街を歩いていても、たくさん見かけました。
私としては過去の話だと思っていたけど、まだまだ現在進行形で。
いやーー。アメリカは、本当に、してはいけないことをしてしまったんだ。
決して許されてはいけないこと。
原爆もだけどね。
でもね、クチ・トンネルへ行った時の日本語ガイドさんは、ベトナム人だったんですが、
歴史のことも本当に詳しくて、何を聞いても答えてくれるような賢そうな人で、
植民地時代、ベトナム戦争時代を感情込めて苦しそうに話してくれるんだけど、
一方で、ベトナム人は、それらを忘れようとしている、とも話してくれました。
さすがに高齢者は記憶に新しくてアメリカに対する憎悪を隠そうとはしないらしいんだけど、若い人たちはアメリカの文化を受け入れ初めているのだそうな。 ・・・偉いよなぁ。
はぁ、思い出すと感慨深くなっちゃうなぁ。
自分の無知かげんを改めて反省。
今回の旅行は、思いがけず色々と感じさせられたものになりました。
帰りの飛行機でふと思い出したのはフーンライ(レストラン)で働いていた元ストリートチルドレンの若者たちの笑顔がとても素敵だったことで、あれだけの社会経験と自信を身につけたら、どこでもやっていけるだろうなぁ。皆とても仲が良さそうで、彼らは彼らが家族なのかもなーとも思いました。
色んな家族のカタチがあるんだなーと。
あと、戦後38年ということなのですが、復興ぶりに頭が下がる思いでした。
ベトナム人、やっぱすげぃ。
なにはともあれ、咳が辛くてポジティブなことが何も浮かばない、、。
やっぱり体力は必要だなぁ。
最期まで、ありがとうございます~。

akkieさんより
返信削除クルトンさん、こんにちは。
そして、お帰りなさい!
卵管造影からの弾丸ベトナム旅行、がんばりましたね!
たのしかったみたいでよかったです。
ベトナムには行ったことがないのですが、
リトルパリと呼ばれるベトナムの町並みが素敵なことはよく聞くし、
なによりベトナム料理が大好きなので、いつか行ってみたい国です。
戦争の歴史…
どの国に行ってもそういうものを目の当たりにすると複雑な気持ちになりますが、
知っておくべきことですよね。
明るい部分だけじゃなく、そういう歴史あってのその国ですし、
それを知ってからその国の人たちを見ると、また違ったものが見えてくる気がします。
短くなってしまった生理周期、心配ですね…
でも、いまはとりあえず咳がおさまりますように…
ゆっくりされて早く治してくださいね。
ブログ、楽しみにしています!
私は明日、初移植です。頑張ってきます。
>クルトン
akkieさん、どうもありがとう~
ブログはしっかりチェックしてて、SHEET法なら、そろそろ移植だよね、
ぎゃんばれーと、密かに念を送ってました。筆不精で、ごめんね。。
1年ぶりの再開、、楽しみですね。
どうか、両角先生、お願いします。。
ほんと、日本はすっかり戦争の無い平和な国になって、
ややもすればそんな幸福なことを忘れそうになってしまいそうだなーと。
これからの子ども達のことも考えて、平和な国を維持させていって欲しいですね。
今夜はゆっくり休んでくださいね☆
くっつけ~ くっつけ~ くっつけ~