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2013年4月1日月曜日

基礎体温のこと 2012冬~2013春

3月の中旬あたり、よく鬱々としてしまっておりました。
季節の変わり目って、そんなものでしょうか。
最近はなんとか浮上出来ているように思うので、やれやれという感じなのですが、
あの鬱々状態が長引いたらまた駆け込み寺(カウンセリング)に行こうと思っておりました。

去年の今頃まではそんなことなかったのに、今やマタニティマークを見るだけで
胸がキューっとなります。ベビーカーを見てもしかり。
2軒隣の奥さんが出産されたらしく、たまたまエレベーターに乗り合わせたご主人に聞きました。
ご近所さんに会うのは年に2,3回くらいなのですが、去年の秋頃に奥さんのお腹が大きくて
ちょっとお話したのです。予定日が3月と言ってたのでそろそろだな、とは思ってたのですが。
玄関は5mしか離れてないのに、そんな近くで赤ちゃんが誕生してるのに、たまたま会わなければ
なにも知らずに過ごしてたんだなーーー。虚しい…。
もう少ししたら簡単なお祝い持って行こうかな。

以前“嫌でも転院せずに初めの病院で頑張っていたら今頃妊娠出来ていたかな”などと
強気発言をしたものの、同時に“私は自分の赤ちゃんを抱くことはないのかも”
なんて考えも湧いてきてしまいます。
そんな時に幸せそうにベビーカーを押している人やマタニティマークを付けてる人が
席を譲ってもらっている姿を見ると、どこかから「お前にあれを経験する権利は無いのじゃ」
なんて意地悪なひとに言われているような、ひどく情けない気持ちになります。

その上夫はなにも考えずにものを言うひとなので、なにかにつけ
「お前が○○だから子供が出来ないんだ」というフレーズを繰り返します。どうなんだろ?
今朝は、マンションの側面の窓拭きを私がサボっているから妊娠できないと言ってました。
(猫が出てしまうんじゃ、なんてことを考えると腰が上がらなくて。他にも言い訳はあるのですが)
その、「○○だから妊娠出来ない」というのは、元気が良い時は笑い飛ばせますが、
色々考えちゃってる時は本当にしんどいです。「お前は本当に馬鹿だな」も。なんなんだろ?

もう、思い出すだけで本当に鬱になってくるので夫の愚痴はこの辺で。
(夫は言いだすと絶対に曲げないので、私が妊娠出来るまでそれは続けられる。
妊娠出来なければ一生言われ続けるし、私には逃げ場なし=鬱)
こうして、結婚当時は目に入れても痛くない、と思うくらい愛おしかった人のことを少しずつ
嫌になっていくんだなぁ、なんてことを痛感しております。

で、 基礎体温の話なのですが。
去年の12月から高温期になっても体温が上がらなくなってました。
その間何度かKLCへ行って血液検査で黄体ホルモン値をはかってもらってしっかり出ている
ことは確認したのですが、なんとかして元に戻したい。ガタガタだけど高温期のあった私の体温!

そこでこれまでとの環境の違いを考えてみると、思い当たるのはこの冬は暖房をつけっぱなしで
寝るようになったこと。
ググると、一番それらしいのが、
・自律神経は寝ている間に調整され、就寝時の気温に基礎体温を合わせる、というもの。
寝てる間室温が高いと、脳は「あぁ、この程度なら基礎体温も低めで大丈夫」と安心して
基礎体温が低めに設定されてしまうのだそう。
同じように夏にキンキンに冷やした部屋で寝ていると身体は「寒いから体温上げなきゃ」と
頑張って基礎体温が高くなるのだとか。
去年の夏は私は低温期で36.7℃くらい、高温期は37℃を平気で超えていたんですよね。
うーん、ガッテン。

なんせネットの情報なので信ぴょう性に疑問はありますが、ためしにここ1ヶ月暖房を消して
寝るようにしてみたのです。夫にお願いして(何度もつけて寝ようとするので口論になりました)。
すると、なんということでしょう。今周期から高温期が戻ってきました。
私がこんな基礎体温に一喜一憂しているとはつゆ知らず、夫は暖房に神経質になっている私に
嫌な顔をしますが、これだけは譲れない。もっと理解しろ!
基礎体温がおかしくて卵の質が悪くなってたとしたら、それは夫のせいでもあるのです。
私だけのせいじゃない!
(自分の落ち度を認めるのはもちろん大切なことだと思っています。だけど、全ての責任を
被って自分に自信が持てなくなり、パフォーマンスに支障をきたすのであるのなら、自分に
逃げ道を作ってあげても良いのではないでしょうか!)

不妊であることはもう十分に理解して、傷ついたこともあったけど今はそんなことを考えるより
ポジティブに妊娠出来ると信じて前を向こうとニュートラル状態を保つように心がけてます。
それなのに夫よ、なぜそう「おまえのせい」と連呼して、蒸し返そうとするのか?
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2012年9月20日木曜日

三歩歩いて二歩下がる

クルトンです、前回更新してから久々の日記になってしまいました。
その間も覗いてくださったみなさん、ポチッといただけたみなさん、
どうもありがとうございました。
ブログ村のマイページからお気に入りのブロガーさんの日記を
読ませてもらっていたのですが、自分のだけはどうしても見ることが出来ませんでした。
自己嫌悪なのか何なのか、よく分からないのですが、どうしてもだめで
気がついたら1ヶ月以上経ってしまっていました。

でもその間も何人もの方にポチッとしていただけて、共感してくれてるのかな、
読んでるよーと言ってくれてるのかな、とものすごく励まされておりました。
本当にありがとうございました。

7月の二度目の陰性から緊張の糸がプツっと切れて体外受精ハイから素に戻りました。
すぐ3回目の移植をするには気持ちがついていかず、2ヶ月程様子を見ることにしました。
ブログの上では少しでも理想の自分というか、強い気持ちで不妊治療に向かわなければ
という気負いがあって、本当の、もっともっと弱い部分を見ないようにしてたんですが、
自分に嘘はつけないものですね。この1ヶ月はメンヘラ危機に対峙しておりました^^;

”体外受精一回目の陰性が一番堪えた”と時々他の方のブログで目にしていたので、
どれだけ辛いのかと身構え、1回目の陰性の際には物分り良く流せたと思ってましたが
全然流れてなかった・・・。
素直にあの時に正面から受止めてれば良かったのに先延ばしにして、返ってむつぼれて
しまっていました。
まだ2回しかしてませんが、初めての体外受精の陰性は、ほんっとーーに、辛いですね。
こんなに落ち込むとはびっくりです。初めて付き合った人にフラれた時以来かも^^;

なにがどう辛いのか、最近やっと頭の中を整理して言葉に出来るようになってきたので
回復はしていると思うのですが、なんせ自分史上最大のメンヘラ危機を経験したばかり
なのでまだまだ油断はできませんが。あぁなんだか既に文章も変だし。

比喩するなら、、今回は突然ダッシュして息切れしてし立ち止まってしまいましたが、
また進もうと思う意欲が少しずつ戻って来ている感じ、でしょうか。
このブログで小休止を取りながら、がんばろうと思います。

↓いつもありがとうございます
ブログを続けていく励みになっています
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2012年6月25日月曜日

IVFへステップアップして変わったこと

今日は健康診断でした。
本当は3週間前のはずだったのですが、急遽体外受精を行うことになったので、
延期して今日になりました。
変更の電話を入れた際は、どうか、またまた延期(妊娠して)になんて
ならないかな、と淡い期待をしていましたが、ちゃんと行けてしまいました。

バリウム飲んで台の上でゴロゴロ転がったり(あれ、本当に嫌ですね^^;)、
数年前までは子宮頸がんの検査が嫌で嫌でたまりませんでしたが、今日は楽勝でした。
あ、乳がんの触診は同世代の男性の医師で、なんとも言えず気まずかったですが。

今月は仕事の合間の休みは(私は週に3日の派遣で働いています。)
KLCへ行く事が多かったので、あっという間に一ヶ月が終わりそうです。
ふと気がつくと、しばらく友人達に会ってないなーと。アホなことで笑ってない。
でも同時に、そんなに会いたくないなーとも思ってしまう自分。。
流産したばかりの友人とはどんな顔して会えばいいのかな。
子どもが2人いて、旦那さんの愚痴ばかり言う友人に会うにはエネルギー不足だし。
生まれたてのほやほや赤ちゃんのいる友人宅に行けば、泣けてくるかもしんないし。
ここ最近、以前より意固地になり、軽口が叩けなくなってます^^;。老化現象?


これまではぼんやり、なぜ毎月生理が来るのかと悶々としていたしんどさは
ありましたがそれには慣れつつあったので、仕事が休みの日には子どものいる友人と
遊んだり、子どものいない友人と遊んだり、屈託なく自由に出来ていました。

「妊娠出来ない理由を知りたい」一心で産婦人科から不妊治療専門クリニックへ
転院した私ですが、その点ではKLCは説明もちゃんとしてくれるし、院長の著書で
病院の方針もはっきりとわかるので移ってきて良かったな、と本当に思っています。

でもその、子どもが出来ない理由だとか、色々とはっきり間近に迫ってくると、
結構ナーバスになるもんですね。
会社でお昼を食べるときにも結構考え事して人の話聞いてなかったりだとか、
話しかけられても上手いこと返せなかったりだとか、、ははは。

休みだからといって、特に、子どものいる友人には会いづらいな、と、
思ってしまっているのです。自分でもちょっとショック。

うーーーん、すみません。自分でもまとまってないまま書きだしてしまった、後悔。
この気持ち、どうしてなのか分かったらまた書きます。なんなんだろう?
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2012年4月18日水曜日

ネガティブ涙

昨日はふいにこの不妊治療についてのネガティブ思考に襲われ、声を出してオイオイと泣いてしまいました。
きっかけは後から考えると大した事ではないのですが、どんどんマイナススパイラルにハマっていき「もう、私は赤ちゃんを抱くことは無いんだ」などと思いつめてしまうんです、、キテます。  疲れてが溜まっていただけ、と、思いたい。
1年に1回か2回くらい、後から考えるとそこまで怒ることじゃないよね、ということにカーッとなって夫に激しく八つ当たり+その後オイオイと泣く。なんてことをやってまうのです。
反省…。

ここ最近Google検索魔と化していたので、頭の中が不妊治療のことでいっぱいになりすぎてたのかもしれません。Eクリニックに通いだしてネット禁止令のために一時は検索魔にならずに済んでたのですが、リセットするとやはり調べないことの方にに逆に罪悪感を感じるというか。だからといってバランス崩し過ぎなんですけどね、うぅ。
・・・今日歯医者に行ったら歯ぎしりのし過ぎで神経がいたんでると指摘されたので、しばらくは歯ぎしり予防について集中しようと思います。

今テレビはホンマでっかTVという番組をつけてるのですが、「思春期に、“クソババア!”と子どもに言われると、それは子育てに成功した証拠」なのだと、専門家が話してました。そっか、良いのか…。
友人の子どももめちゃくちゃ可愛いけど、あと15年もしたらこの子が「クソババア!」 と言うのか~などと、抱っこしながら思います。天使のうちは短いんだなぁ。

2012年4月11日水曜日

初めてのカウンセリング

心のケア続きですが、やはり不妊治療には精神的な起伏が伴うので、そこは無理せず自分で自分のことを気遣うことが必要と思うのです。

昨年Nレディースクリニックに通い始めてからすぐに出来ると思った期待ははずれ、かすりもせずリセットすることの繰り返し。1年程経った頃、せめてなんとか原因くらい知りたいと思うようになりました。転院を考えるのと同時に、自分の性格が不妊を引き起こしてるのかも?なんてふと思いついたりして。
そうしてインターネットで見たJクリニックのカウンセリングを試してみることにしました。
ここは東京。何をしようと思っても一ヶ月待ちなのだろうなと恐る恐る電話してみると、あれまぁ、すんなり翌週に予約が取れたのでした。

私がそのカウンセラーの先生に興味を引かれたのは、「『未妊』の方の性格傾向」を分析して、以下の4点のような傾向が見られる、とHPの中で書かれていたことでした。

・「存在するな」
・「女性であるな」
・「セクシーであるな」
・「成長するな」

…うーん、なんか、私かなり当てはまってる。というのが第一印象。
それも長年なんとなく頭の片隅にあった疑問達、とにかく会ってお話出来るなら何かヒントが貰えるかも♪

カウンセリングはJクリニックで不妊治療していない人でも受けることが出来て、初診はなんと無料です。
2回目からは3000円だったかな?で、診療時間は大体ひとり50分程度です。
膝がつきそうなほどの小さな部屋で、インターネットで見たおしゃれで可愛らしい女性カウンセラーに話を聞いてもらいます。

・結婚して7年目のこと
・夫のEDでしばらくお休みしていたこと
・夫がこれまで非協力的であったこと
・生理不順のこと
他には性格傾向についてカウンセラーの先生に質問。実際にお話を聞けると実感します。
そして、なぜかおもむろに先生は私の家族について質問を始めました。
・父親について
・母親について
・姉について
・妹1について(私には生後4ヶ月で亡くなった妹がいました)
・妹2について
そんな話を50分間のうち40分くらいまでして、私はツラツラ話しながら頭の中では
「来たの失敗だったかしら~?こんなこと話して、何かになるのかい?」なんて失礼極まりないことを考えていたのでした。

そしたら!
診療時間あと10分で終了~という時になって先生が
「あなたは大人の女性になると、お母さんのように時に激しくヒステリックになって人に迷惑をかける、と思ってるのかもしれないねぇ。」と。
私の母は36歳の時に妹1を生後4ヶ月で亡くしてからちょこっとノイローゼのようになり、その2年後授かった妹2には遺伝子疾患があって幼い頃は大変だったので、その頃の彼女はとても不安定でした。
当時私は8歳だったので、その頃のことはしっかり覚えているし、父は出張の多い仕事で1ヶ月のうち半分は家にはいなかったので不安定な母に対して姉と私はかなりビクついていたと思うのです。
神奈川県の郊外の新興住宅街に居を構えた核家族。母親は精神的に不安定。父親は不在がち。
私の不安定な性格もその頃に形成されたかな、などとありがちですが推測しております。

で、先生がひとつの改善策として話したのは、
目の前に8歳くらいの女の子(当時の私?)を想像して、頭を撫でてあげながら、「大丈夫、あなたは"ああ"はならないから。」と言ってあげるのだそうです。
「なんだそりゃ?」と思われる方もいると思いますが、私にはド直球な言葉だったらしく、自制心とは裏腹に涙がボロボロこぼれてきてしまいました。び、びっくりしたー。
ここまで育ててくれた母に対して"ああ"だなんてちょっと失礼とは思うのですが^^;
今では思ってます、母は悪くない。誰だって生後4ヶ月の子どもを失えば、絶望感を味わいます。
誰だって、やっとの思いでその2年後に生んだ子どもに遺伝子疾患が見つかれば、心のバランスを崩します。
母は悪くない。だけど8歳の私は親の顔色を伺ってしか生きてくことが出来なかったので少し辛かった。それだけ。

そのメソッドはあれから何度か試してます。
はっきりと効果あった!とは言い切れませんけど、でもカウンセリングには行ってよかったなーと思ってます。

Eクリニックのスパルタ式に耐えられなくなったら、迷わずまた駆け込みたいと思ってます。

心のケア

現在通っているEクリニックのE先生は、「いっさい心のケアはいたしません!」と
宣言されてるのですが、やはり不妊治療に不安はつきもの。
私は以前ほどメソメソはしなくなったものの、まだまだ弱いね!と自ら感じるところも多いです。

そんな時の心の拠り所を、昨年の12月にひとつ確保?しました。
目黒区自由が丘にある不妊治療専門のJクリニックなのですが、そこには不妊治療専門のカウンセラーがいます。
とはいえ月に3日程しか開かれてないのですけど。

私は学生時代に若さゆえに自分の周りに起こる様々な事を一度に抱え込んでしまい、
うつ症状になったことがあるんです。
その頃は「鬱」なんて言葉は今ほど気軽に使われなかったし、まだ22,3歳でそんな病気に
なるはずがない、と周りの視線は冷ややかなもので、それがまた少し大変でした。
親の都合で海外で高校時代を送り、帰国後地方にある大学へ進みました。
逆カルチャーショックや親からの自立(仕送りは貰ってたので言い方は違いますが)、
入った体育会の部活で同じ学年のメンバーが全て辞め、1人で部を引っ張っていかなければ
ならなかったり(たくさんの人に助けてもらったから、この言い方は傲慢だけど)。
その他海外で仲良くしていた友人が自殺未遂して消息不明になったり、妹の病気が見つかったり、両親が離婚すると言い出したり。
今だったらひとつひとつ心の整理をしたり、人に相談したりできるけど、若かりし頃は
それが出来なくて1人ただただ悶々としてしまったのです。
部活を引退した頃には心も身体も疲れ切って、色々なことが出来なくなっていました。
朝起きて身支度をする、食事を適度に定期的に食べる、笑顔で人と話す、本を読む、等々。
自分でインターネットで症状を調べてメンタルクリニックの門を叩いて薬を飲んで徐々に復活することが出来ましたが、いやー、大変でした。
でも今考えると私のそれは、わがまま病もしくはただの甘えだったかな、とも思うのです。

長くなりましたが、だから自分が欝になってみて、「欝になる考え方の癖」ようなものが
私にはあったと感じたのです。
そうすると、これはあくまで私の印象ですが、人を取り巻く状況とか病気とか色々あると思うのですが、
それらは全てその人の「考え方の癖」のようなものと深くリンクしているように思うのです。

「不妊にも、性格って影響してるかな?」ふとそう思ってGoogleで「性格 不妊」と検索すると、出てきたのは「不妊女は性格が悪い」が、ダダーンと…ッフ。そうじゃないのよ、私が知りたいのはーT_T
そう思って少々めげながら見ていくと、一件だけありました、「未妊とその方の性格傾向」とうたってくれている人が!
しかも「まだ妊娠出来ていないだけだから『不妊』でなく『未妊』」なんか、優しい言葉だねぇ。
頭ごなしに「あなた完全に不妊だからっ」と言い放つE先生とはうって変わってソフトだわ…。

ちょっと長くなってしまったので、つづく