2013年1月31日木曜日

笑いのつぼ

学生時代の友人C子は結婚相手に求める条件を“笑いのつぼが近い人”と言ってました。
今になって彼女は深いことを言ってたのだなーなんて実感します(笑)。

というのは昨日のあさイチ(NHK8:15)での特集が『夫婦喧嘩』。おぉ。
我が家のあるあるや、よく聞くなー、という話が満載でした。
夫婦喧嘩の種は本当に些細なことが多く、夫が散らかすとか洗濯ものの干し方とかetc。

どの家庭でも喧嘩は必ずあるのだそうですが、 ただ、普段から笑いの多い家庭では
喧嘩にまで至らないことが多いということも分かってるそうで。分かる気がするなー、うーん。
ここ数ヶ月、不妊治療のこともあるけど、さらに、私は笑うことをおろそかにしていたもの!
夫婦喧嘩も多かった気が、する!

うちの夫が口にすることは必要事項10%、時事問題10%、文句(小言)30%、冗談50%、
という感じで(小言が結構多いです(汗))いつも周りを笑わせようと色々なネタを探している人です。
お付き合いを始めた当初はその笑いの(松本人志インスパイアな)趣味が大好きでデートの際は
大いに笑って毎回天にいる心地でした。
今でも毎日のようにそのお裾わけをもらって笑わせてもらっています。
だからきっと、彼のお陰で我が家はいつも明るい雰囲気を保てている、はず。

それを時々壊してしまっているのは私で、主に不妊に関してです。
タイミングが上手く図れなくてイライラ。
不妊治療が上手くいかなくてイライラ。
知人や友人の出産ラッシュからくる焦り。
血中ホルモン値が正常に働かない焦り。
笑うことを忘れて眉間にしわが寄ってるんだろうな。
喧嘩に発展する時は大概、私の不満が既に積もりに積もっているので、
ソファの下から夫の靴下の片一方が出てきただけで「ねぇっ!」とキレます。
でも夫も会社で何かあった時には説明無しにあたってくるので私の方が
鳩が豆鉄砲をくらったようになることも、ありです。なので、引き分けということに‥。


昨日は学生時代の友人K江と久しぶりに会ってランチをしました。
彼女の何が好きかって、たくさんありますが、ひとつには「笑いの姿勢」かなぁと思います。
ちょっとしんどいな、くらいのことだったら面白おかしく話してしまう。
(転勤がたくさんあって海外でも2か所、大変だったと思うけど常に、愚痴<ネタ)
だから私も彼女には不妊治療も面白おかしく話せるようネタ探しをしてしまう。
(私自身は面白みに欠けまして、おもに笑いを消費する方です・・・)

最後に会ったのは昨年の初夏で、夫婦で彼女の自宅にお邪魔した時でした。
ちょうど生理の一日目かなんかで私はただでさえローテンションな上、
彼女の5歳の可愛い息子が私の膝の上に座って来て「クルちゃん好き~」なんて、
甘えてきたのです。

か、可愛すぎる。

内心ふぅ~~っとほだされて、連れて帰りたい衝動に駆られました。
(24時間365日面倒を見なくてはいけない、というのは棚に置いて^^;)
でもそれは犯罪。
そしてあぁ、どうしてうちには子供が来てくれないのだろう、と更に落ち込んだのでした。

それからはK江に会うとキラキラの子供達が思い出されて辛くなってしまうので
忙しぶってなかなか会いに行けず仕舞いでした。言い訳ばかりでごめんなさい。
だけど昨日は久しぶりに会って大いに笑って、やっぱり
“屈託なく笑いあえる相手って貴重だなー”と、彼女の存在に感謝したのでした。

東京へ来てからはたくさんの人と知り合うことが出来ましたが、
笑いって、両刃の剣だな(大げさ)と思ったことがありまして。
せっかく知合いになれたTさんには、私が笑ったことで絶交されてしまいました。
今でも思い出すだけで胸がチクリと痛みます。

夜ご飯を食べる約束の日、彼女が道に迷って大幅に遅刻して到着したのです。
もし私が遅刻した側だったら遅れてしまったことを負い目に感じると思うので
そこで相手が笑ってくれたらほっとすると思うのです。
“よく知った街で迷うなんて、ナニゴト(笑)!”と。
それで私は彼女に「気にしないで欲しい」という軽い気持ちで、ハハと茶化したのです。
するとTさんは「笑うなんてひどいっ」と怒ってくるりと踵を返して帰ってしまったのでした。
ボー然と彼女の後姿を見送る私はさぞ情けなかったでしょう。謝りのメールを入れるも怒りの返信。
「道に迷った時、どんなに心細かったか、まずは心配するのが人として当然云々…」とTさん。

・・・知るかいなっ! 
だって、その街は銀座で、彼女は週に1度は訪れるのだと。お店も彼女が指定したのです。
当日は私は仕事の後に駆けつけたのですが、彼女は昼から銀ブラしてたのです。
それにその少し前に確か携帯の道案内アプリを、自慢してたし…。

ただ、時間の経った今憶測するのはその少し前にご主人が海外に単身で転勤になり、
Tさんは1人暮らしが始まったばかりでナーバスになってたのかもしれません。
痴話げんかの相手がいなくなったので私が代わりだったのかもしれないなぁとも思います。
それにしても悲しい。なんだったんだあれは。
厄年だったわー。

私にとってはただの笑いごとだけど、相手にとってはそうではないこともあるんだなーなんて、
30代半ばで再確認したのでした。
でも、次回また友人が遅れてきたら私はやっぱり笑っちゃうだろうなー。
それに反対に、私が遅れたら、笑いとばして欲しいものなー・・。
なので、友人に求める条件は(上からだねっ)
『道に迷っても最終的に笑える人。但し海外や山中、更に事故や犯罪に巻き込まれた場合を除く』
です。

明日は第2弾、南関東に越した転勤族仲間の友人を訪ねに行きます。
彼女とは山歩きも一緒にするのですが、時々イノシシの罠にかかってしまうというツワモノです。
もちろんそれを笑っても怒ったりしません。むしろ“つかみ”ネタにしてるくらいなので^^;。
明日もたくさん笑って来ようっと~!
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2013年1月30日水曜日

涙のつぼ

小説や映画など、同じものを読んだり観たりしてもその年代によって感じるものが違いますよね。

昨日、録画しておいた映画『コクリコ坂から』(スタジオジブリ)を観ました。
あまり期待せずに(失礼!)観ましたが、なんともまぁさわやかな青春モノで、
後味が良く、観た後はとてもすがすがしい気持ちになりました。

高校生の初恋の話で、なおかつ、は、韓流なのか?と思わせる展開あり。
そしてあぁ、私の高校生の頃もこんな感情あったなぁ。などと懐かしくなりました。

なんせ主人公の少女が家の家事を切り盛りするしっかり者で、それを見てるだけで
こちらの背筋が伸びるような気持ち良さもあり、2時間すっごく満喫出来ました。

涙する個所はほぼ無いのですが、途中幼い子供を亡くしたばかりの夫婦が
赤ちゃんを引き取るシーンがあり、私は不意打ちで思い切り泣いてしまいました。
奥さんが赤ちゃんを見て奪い取るようにして自分のお乳を飲ませるのですが、
あぁ思い出すだけで泣けてくる。


私事ですが大学へ通うために実家を出た頃くらいから、親子モノにはなんとも弱くなりました。
ちなみに私の不動の親子モノの涙映画ベスト5です。
『クレイマー・クレイマー』((1979年)
『愛と追憶の日々』(1983年)
『ステラ』(1990年)
『ライフ・イズ・ビューティフル』(1998年)
『リトルダンサー』(2000年)

いずれも観ると大号泣なので大事な用事の前には観れません。
同じく親子モノ好きな方、おススメです!

結婚してからは涙映画に夫婦モノが加わり、そして最近は妊婦モノにも弱くなりました。
といっても妊婦モノの映画は知らないのでドラマのワンシーンとか、
道歩いている妊婦さんとか。
怪しいけど、嬉しかったろうな、とか、不安かな、楽しみかな、などと想いを馳せてしまいます。
私も今後無事妊娠と出産を経て、いずれ孫モノとかで涙するようになりたいものです^^。

なんで~こんなに可愛いのかよ ~♪孫という名の~宝物~♪
解りたい、この気持ち。


今周期移植を延期したことで、これまで会えなかった友人達に即連絡して予約をとりつけました。
今日は早速第1弾、大学時代の友人と彼女の仕事の休憩中にランチ(迷惑かな^^;)です。
笑って来ようっと~!
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2013年1月27日日曜日

D21 卵胞確認と移植中止とKLC第9周期費用まとめ

D21の本日KLCへ行きまして、お題のとおりですが移植を中止することにしました。おぅ。

4階受付(9:00)→10階検査センター(9:45)→5階内診(11:30)→5階診察(12:20)
→4階会計(13:00)

D21の値
E2  125
LH  16.6
P4  0.3

内診の際卵胞がほぼ見えなくて、大きさを計ることもなく終わったので覚悟はしていたのですが、
またまた、E2の値が前回(201)よりも下がっていました。
既に排卵してしまった場合にはP4の値が1以上になってくるそうなので、
今回の私の卵巣達はどうやら本当に排卵を放棄してしまったようです。

前回移植を中止にした時は先生からの指示で、その理由を伺ったところ
“いつもの周期となにか違うな”と思ったらやめた方が良い。とのことでした。

なので今回も私としては中止にしよう、と心を決めたのですが、今回の先生は少し若手なせいか、
「また三日後に来てください」と終わろうとしたのでチョット、チョットチョットと止めてもらいました。

先生が毎度違うと、その時々によって判断が変わって、こちらも悩みます。
でも前回中止にした時の先生の言葉を信じようと、(今回の先生に失礼だけど)
今回は移植は中止することにしました。

移植をするにも上手くいかず、1人でいると悶々、鼻がツーンとしてきました。
だ、け、ど、今日はなぜか夫が一緒に来てくれたのでした。
ただ、資格の勉強をしないといけないとかで着くなり9階のカフェでお茶をしながら勉強。
4時間それぞれKLCの建物内で別行動だったのではたして来てもらって意味があったのか、
と少し後悔しました。
だって、ただでさえ激混みな日曜日のKLCで皆座る場所も無いのに、1人分余計な…
次回からはやっぱり1人で行こう。うむ。

でも中止にした途端グズグズになってたのですぐに夫と合流出来て救われました。
1人で考え込むとはてしなく沈んでいってしまうので。

で、費用まとめです。
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KLC第9周期 2013年
1/9     D3    診察       会計なし(移植周期につき)
1/18  D12  診察           〃
1/23  D17 診察           〃
1/27  D21 診察       会計 25,987円
                   ◆内訳◆
                   5,250円×4日=21,000円
                   採卵や移植が中止になった場合、通院1日につき5,250円加算
                   4,987円 フェマーラ?
            

 合計金額      25,987円
  交通費      2,560円


これまでの治療費合計  1,293,237円
これまでの交通費合計     27,920円
-----------------------------------------------------------------------


うーん。もう、

転勤のことは、考えない。
仕事のことも、考えない。
お金のことも、考えない。

私は次周期は、心穏やかに過ごして順調に卵を迎えます!

うし!
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2013年1月23日水曜日

D17 卵胞確認と義兄嫁メール

D17の本日KLCへ行ってきました。

4階受付(10:30)→10階検査センター(10:40)→5階内診(12:00)→5階診察(12:30)

内診時のエコー画面を見ると卵胞がそれぞれ4個くらいずつ見えて一番大きいので13mmくらい。
あれ、縮んでいる?内心、今周期も見送りかーーーとがっくりしてしまいました。

D17の値
E2  201
LH  10.8
P4  0.4

ところが診察室でビューティーと対面すると、E2の値が伸びて来てるから
卵胞は小さいけどどれか排卵するんじゃないかなとのことで、数日後に卵胞確認の予定です。
結構時間が経ってしまうけど内膜大丈夫なんかな・・・。

今周期はこの後順調に排卵して無事受精卵をお腹に戻します。 (※言霊法です)

夫が近所の岩盤浴のチケットをくれたのでここ数日通ってます。近所にこんな楽園があったとは。
他には地元の体育館になかなか良いジムがあるのも最近発見し、通い始めました。
メグリーズーム♪

今日KLCから楽園(岩盤浴)へ直行し、のんびりまったり温まっているところへメールの着信。
義兄嫁のS子さんからで、な、なんじゃこりゃ~、と思うくらいの長いメールが5通次々ときました。
姪と甥にお年玉を送ったと昨日連絡したのでその返事だったのですが、はて、どうした?

お年玉やお香典のお礼のあとに続いたのは義兄嫁が「実は離婚を考えている」件に関してでした。

び、びびった・・・。
前回夫の実家を訪れた時若干義兄嫁のことを良く思ってないのかお義父さん?という
印象を受けた私ですが、義兄嫁のその長いメールには詳しくその状況が書かれておりました。
長さとしては短編小説くらいの分量がありました。S子さん、長いよっ。

なにやら新婚旅行当時のことから振り返り、お土産にブランド物を買っていかなかったら
お義父さんに怒鳴られた、とかお義母さんにこんな訳わからんことで怒られたetc。
初めて聞く人だったら“えーーー、なにそれひどいねっ!”と反応してしまうところですが
お義父さんとお義母さんを知ってるからなんだかすぐに実感がわかず。
もともと2人とも声大きいから、怒鳴ってるように聞こえるんじゃ?ん、どういうことだ?

長い文章を読んでたらみんな近しい人だし生生しくて、でも夫には言えないなぁと、
岩盤浴しながら第三者である実家の母に(私もだけど)「ヘルプミー」と転送してしまいました。

母からの返信は、
S子さんすぐに就職出来る資格持ってるんだから離婚しちゃえー!
と、私は思いますが、クルトンは絶対そんなこと言っちゃだめよ。
実家と上手くいかないだけで義兄さんとはうまくやれるんじゃない?
2人で話し合ってってことよね。
クルトンはS子さんを慰めてあげな。
辛いのよ、吐き出したことを後悔させては可哀想だからね。
クルトンが猫ノ進の実家で嫌な思いをしたことが無いのはクルトンだけの力じゃないのよ。
猫ノ進、お父さん、周囲のお陰もあるんだからね。
それにしても猫ノ進のご両親もそんな面があるのね(笑)
親のせいで家庭を壊すのはアホらしいよ。親はそのうち死んじゃうからね。

おぉぉママンありがとう。(私の)気が楽になったよー。
S子さんの離婚願望に真剣に向かい合ってしまうところだったけど、
そうよね、吐き出せたことで今はちょっとマシになってるはずよね。
それに喧嘩は両成敗、どちらの意見も聞かないうちは、何も言っちゃいけないしね。
なんだか深刻に受け取って夫の実家のことを嫌いになりかけてしまった。
危ない危ない。さすが結婚生活40年。よっ年の功!

それに本当だわ、私は夫や実家の家族達に、守られてたんだね。
自分の力だけで義父母と上手くやれてる、なんて勘違いしてたわ。
生まれた時から今でもずーーっと、守ってくれてるんだね。

と、岩盤浴で寝ながら思ったのでした。

S子さんには送ってくれたメールをよく読んで、共感出来る部分にはうんうんそうだそうだと、
そして我が家でも起こっている夫の暴言集を載せてみました。
またメールくださいと。こんなんで助けになれたかは分かりませんが。

あと、ブログって結構ストレス解消になるよ。とも^^
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2013年1月19日土曜日

D12 卵胞確認とホルモン

D12の昨日、KLCへ行ってきました。

4階受付(12:00)→10階検査センター(12:10)→9階カフェ(13:10)→5階内診(13:30)
→5階診察(13:35)

昨日は内診が済んでさてこれから1時間くらい待つかな?と着替えて待合室に戻ると
椅子に腰をかける間もなく診察室への呼び出しがありました。おぉ、初めてのパターンだね。

でも診察室へ入るなりズドーンと生易しくない現実が。

D12の値
E2  23
LH   15.6
P4  0.6

な、なんじゃこれ~。E2、低すぎる。私史上最低の数値を出してしまった。
過去の数値を見てみると、D11で490とかD12で421とか249、フォルスチムの時は1068。
移植中止になった前周期と同様、女性ホルモンが少なすぎます(悲)。
今回フェマーラを処方してもらっていたので余裕こいておりました。ど、どうなるん?

ひょえ~~、焦る私。
先生は多くは語らず、低いからまた五日後ね、とそんな感じで。

そう、焦っても仕方のないことなのかもしれない。採卵期でなくて良かった・・・。
それにKLCへ来る前は血中ホルモンの値なんて見たことなかったからびっくりしたけど、
これまでも結構あったのかもしれないしね。
私は学生時代体育会系の部活に所属していて、生理が止まってしまってた時期もあるくらいで。

だけど採卵しないとはいえ、これはきっと良くないことなんだろうな。

夫へは「女性ホルモンが足りなくて移植はまだまだ先になりそう」とメールすると
すぐに「何食べたら(女性ホルモンが)出るの?」と。

うーん。イソフラボンが女性ホルモンに似た形をしているから同じような作用を身体に及ぼして
くれるという話は聞くけど、でも血中のE2ホルモンとはきっと関係ないのだろうなぁ。
とはいえ帰りにスーパーへ寄ってざくろジュースと豆乳を購入。
D12からでは付け焼刃の気休めだけど。

そして段々悲しくなってきてやっぱり少し落ち込んでいたので帰ってきてキラキラと、
「何食べたら女性ホルモン出るかなぁ?」と言ってる夫に腹いせに、
「子宮を日常必要とすることがないから、卵巣と一緒にストライキ起こしてんだよっ」
なーんて言う私に「そう、悪うございましたよ~」と返す夫。

そして今日は2人でホルモン焼きを食べに行くことになりました^^;。
※ホルモン焼きの語源は“放るもの(捨てるもの)”から来ていて、血中ホルモンとは
  何の関係もないそうです。

ホルモン食べて、ホルモン出すぞー。オォ。
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2013年1月17日木曜日

心の安全装置

ここ数年、とあるイベントを夫の先輩のKさん夫婦と一緒に参加するようになっておりました。
Kさん夫婦とは結婚したのがほぼ同じで、我々よりもKさんが5つくらい上で奥さんがひとつ上。
会うのは年に1度か2度ですが、毎年変わりばえのしない(失礼!)4ショットで
和気あいあいと楽しくさせてもらってました。
一昨年に奥さんのY子さんが出産された為、昨年から我々は他の人と参加することになりました。

そして昨年の夏、Kさんの転勤が決まり南の方へ行ってしまわれるということで、Kさんと我々
夫婦で東京で会って最後にご飯を食べるつもりがそのままKさんの自宅へ行くことになりました。

ちょうどその頃私は二回連続の陰性判定後でちょっとメンヘラチックになっていたので
KさんがそのままY子さんと赤ちゃんの待つ自宅に行こうと言い出したときは阻止すべく、
“引っ越し前の上数か月の赤ちゃんもいる所にお邪魔するなんて、Y子さんにすごく迷惑が
かかる(これは本当)からやめよう”、なんて夫とKさんに提案するも速効却下されたのでした。
しかしY子さんも慌てたと思います、ほんと男性は突拍子もなくて困ります。結果オーライですが。

これは毎度思うのですが、会うまでは怖い赤ちゃんとの対面(自分が黒い感情を抱いてしまうのでは、という懸念)も、そこはさすが赤ちゃんのカリスマ性。瞬時にファンになることが出来ます。


転勤する2人への餞別にと私は赤ちゃん用の日焼け止め、夫はその地方のパワースポットマップ。
(ほんとささやかだ・・)Y子さんはケラケラ笑ってパワースポットマップに見入ってたのですが、突然

「この子(赤ちゃん)を授かりたくて色んなパワースポット、行ったよねー。
 そこで、天に向かって大声で(手を広げて)“赤ちゃん欲しいーー”って叫んだもんねー。」

と楽しそうに振り返りました。
会うのが年に1度か2度だから全くそんな話はしなかったけど、やっぱりそうだったのね・・・。
Y子さんは週に3日の派遣も辞めてたから不妊がらみかな、なんて私は勝手に思ってたのです。

私はといえば、底抜けに明るいY子さんの発言とは裏腹に笑った顔が固まってたと思います。
あ、相槌さえも打てない・・。どうか誰も気づかないで・・・。


最近思うのは、私にはY子さんのように天に向かって手を広げて、
「赤ちゃん欲しいーーー」と、言える明るさが、無い。
昨日ためしに家で1人で天井に向かって言ってみました。
「私は、あ、赤ちゃん、、欲しい・・・です。」

何がそうさせるのか、最後まで言えてないよ。乙女かっ。
な、なぜだ、欲しい欲しいと思ってきたことなのにしゃんとはっきり、誰も聞いてない場所ですら
口に出して言うことが出来ない。ばかなのか私?

そうはっきりと「欲しい」と言えない私はもしかして不妊治療のレールの上にすら乗れてない?
これまで生理がきてがっかりして、涙することが「=諦められない」ということだと思ってたけど、
もしかしてちょっと違ったのかな。積極的に「欲しい~」と言えてない時点で諦めてるのかな。

ステップアップして今度こそと思ってたけど(まだ2回だけど)ダメで、その初めての種類のショック
たるやものすごい破壊力で、私はいつの間にか心に安全装置をつけてしまっていたみたいです。
心が浮き立たないように、それが叶わなくても暴発しないように、今から用心している。及び腰で。
年末夫の祖母が亡くなって訪ねた時には祖母に、迷子になってる我々の子供を天で見つけたら
うちの住所を教えてくれるように頼んだのですが、その時も“見当たらなければ大丈夫ですから”
なんて、何かしら出来なかった時の逃げ道を用意してる始末。


でもそんな弱気な私の所に、同情して降りて来てくれるような子じゃないような気がするんです(笑)。
だから今度の移植は本当に期待してしまおうと思います。
本気でぶち当たって、またメンヘラになるかもしれないけどいいや。
いつかきっと良い思い出になるだろう。
本気で「欲しいんだ」と思ってたなーと懐かしもう。

受験生諸君、私も頑張るよ!
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2013年1月15日火曜日

年賀状

昨日は大雨かと思いきやいきなりの大雪、大変でしたね。
我が家のマンションからは雪の積もった近隣の家の屋根くらいしか見えるものはないのですが、
雪かきをしている人が家と家の間から時々少し見えるらしく、猫二匹がかぶりついて見てます。
久しぶりに見る光景だもんね。

今更なのですが、年賀状です。
去年までは子供の写真付き年賀状には特に落ち込むことなく楽しく見せて貰ってたのですが。
体外受精にステップアップし、予想外のメンヘラ危機、今年はいよいよやばいんじゃないか私。と
夫の実家から帰る新幹線の中で年賀状に対面するのが少し怖かったのでした。

家についてからも夫が早々に年賀状を振り分けるのを尻目に旅行バッグの後片付けや掃除や
猫の世話などで年賀状チェックを後回しにしようとしてしまう。
でも何もすることがなくなり、しゃーねーな、見てやるかとチラリ。

見覚えのある子供達が大きくなり、新しい家族の赤ちゃんがお目見え、子供2人に
お腹の大きな奥さんや、子供1人だとばかり思ってた家庭に3人の子供が!いつのまに・・・。

でも一枚一枚見ていくと夫の同級生の家庭の年賀状にはいつもの女の子の隣に赤ちゃんが。
その家庭には昨年の夏遊びに行ったのですが、みんなが居間で話しているのに奥さんが
最後までキッチンから出てこなかったことがあって、私は内心遊びに行ってお邪魔だったかな、
なんて思ってしまったのですが、聞くと一昨年に流産されてしまったとのことで。
その家庭の年賀状に赤ちゃんの写真があって、なんだかジーンとしてしまいました。
そっか、会った時は、流産後に妊娠出来て慎重になってた頃だったんだね。
無事に生まれてきてくれて、本当に良かったね。

あと、いつもは子供達の写真付き年賀状のMちゃんがなぜかゴム版画の年賀状。
そして、「また遊びにきてね。」と書かれていました。
Mちゃんは高校時代の友人で東京の郊外の家ににご主人と小さな子供2人と暮らしています。
身軽な私が二ヶ月に一度くらいは遊びに行ってたのですが、ある時のMちゃんの一言に
私が勝手にどん引きし、ここしばらく会いに行けてなかったのでした。

Mちゃんの家に遊びに行っていた頃はMちゃんは2人目が出来ないことに悩んでいて
私は病院に行こうか悩んで、後半は通い始めたところでした。
会えばお互い非協力的な夫の愚痴を言い合い、私はせいせいして帰ったものです。

やがてMちゃんは2人目を授かり、クルトンももう少しだよ!なんて励ましてくれてたのです。
その頃の私はクロミフェンとHCG注射とタイミングで、でも毎月生理が来ると
「どうして妊娠しないのだろう?」と悶々としてしまい、このまま妊娠出来ないのかな、と
子供のいない人生というのも想像するようになりました。

話はそれますが、4年くらい前、ちょっとくせのある人と話していて年賀状の話題になり、
子供が2人いる彼女は年賀状に子供の写真を載せるのをやめたのよーと、言ってました。
なにやら親戚から「うちに子供が出来ないのを承知で送ってきてるのか」と怒られたとか。

その時は「そんな人いるんですか」など合わせてしまいましたが、今では信ぴょう性を疑ってます。
だって、年賀状のクレーム言う人、一体何人いるんだ?嫌だと思ってる人はたくさんいると思うけど
直接訴える人なんて、聞いたことがありません。
その人は話していると時々嘘が入る人だったので(卒業大学名が時によって変わっていた・・)、
ネットか何かで読んだ話を自分のことと錯覚してしまったのじゃないかと疑ってます。

と、なぜそんな話が入ったかといいますと、Mちゃんが無事出産してお祝いに行った時、
Mちゃんから義妹(Mちゃんからしたら年上だけど)さんの話を聞いたからなのです。
義妹さんは結婚当初から不妊治療を始めていたらしく、義弟さんの成績が良くないことも
なぜかMちゃんは知っていて教えてくれました。
Mちゃんがなかなか妊娠に至らなかったのもその兄弟であるご主人の成績が悪かったからだ、
など赤ちゃんを抱きながら黒い話をするMちゃん。そして義妹さんのことに話が及んだのですが。

義妹さんはMちゃんの第二子誕生の知らせを受け取っても何もしなかったらしいのです。
都内に住んでるから時々みんなで顔を合わせることがあるにも関わらず。
私はその頃自分に赤ちゃんが出来ないかも、なんて思いはじめ、年賀状の話も、このままだと
自分もそうなるのかな、などと考え始めた時だったので(年賀状に直接クレームをつける人は
おそらく想像の産物と思いますが)、義妹さんの気持ちも少し分かるな、と思ってたのです。

ところがMちゃんはみんなが「おめでとう」と言ってくれるのに無視する義妹さんが許せないらしく
「結婚したのが遅かったんだから出来なくたって仕方ないじゃん。うちの子には関係ないっつーの」
と、何気なく言ってのけたのでした。
私に向けて発された言葉でないことは分かるのですが、なんとも言えない嫌な気持ちになりました。

私はきっとはにわのようになっていたことでしょう。
だってMちゃんは義妹さんに攻撃された訳でもなんでもないのです。
「産まれました」の連絡に無返答、それだけです。
義妹さんはフルタイムで働かれてたそうで、それだけでも時間が無かったのだと思う。
もし不妊治療の経過が思わしくなかったら、お祝いしたくても出来ない時もあったと思う。
それなのにどこに文句を言う隙があるのかな。
Mちゃんだって子供が出来なくて苦しんでたの、もう忘れちゃったのかな。

などと、もう1年半以上経つのにMちゃんと言えば、、とつい思い出してしまいます。
器が小さい私です。

でも考えてみたらMちゃんだって、産後の大変な時期だったんですよね。
夜も寝られず、上の子もまだ手がかかって、自分のことに全く構ってられない時期。
ちょっとしたことでも神経が尖って、イライラしてしまっていたのかもしれません。

すっかり音沙汰無しの私は、Mちゃんにとって不妊様になってたのかな、と、
ゴム版画の年賀状を手に反省したのでした。気を使わせちゃったね、ごめんね。

意地張らないで、大きくなった子供達に、また会わせてもらいに行こうかな。
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2013年1月12日土曜日

それは我が家に子供がいないからです!

土曜日なのに平日昼間のような過ごし方をしている私です(掃除洗濯とテレビと私)。
そこで、不妊治療とは関係のない話なのですが、義父と義兄嫁のS子さんについて。

先日夫が電話口でなにやら実家からの愚痴を聞いている様子だったので何があったのかと。
来月に義父母と義兄家族の計6人で東京へ遊びにくる予定だったのですが、お義父さんが
S子さんに腹を立て、一緒に来るはずが、義父母のみで来ることにした、とのことでした。

予約してあったホテルも、レストランも義兄家族分は全てキャンセル。
えぇぇ、いったいなにがあったのさ!?

昨年の12月に夫の祖母が亡くなって土日で通夜と告別式が行われることになりました。
金曜の夜に夫は仕事が終わってすぐにそのまま新幹線に乗って実家へ。
私はちょうど移植周期で卵胞確認があったため金曜は仕事後病院へ行って土曜日の通夜に
間に合うように行きました。
猫は鍵を渡してある私の実家の家族に来てもらえたのでわりと問題なく行くことが出来ました。

夫の兄は現在海外駐在をしていて、そこでS子さんとまだ幼い姪と甥と暮らしています。
義兄夫婦は確か一日仕事を休んで金曜日の朝から、という予定だったらしいのですが
S子さんが子供たちの幼稚園を休ませたくないと、夜の便になったらしいのです。

海外といっても欧州とか遠い所ではないので比較的にすぐに来られるとは思うのですが、
それでも空港までタクシーで二時間、幼い子供二人連れての移動だから、私としては
すぐに来られるなんてすげいねー、グッジョブ!という感じでした。

そして滞りなく全てを終えて我々夫婦も義兄夫婦も帰ったのですが、
つい先週S子さんのおばあ様が亡くなられたとの知らせがありました。
一緒にくらしていたおばあさまで、夫の祖母と同じく昨年の12月頃から体調を崩して
入院していたようだったのでS子さんも心穏やかではなかったはず。
今回は子供達も幼稚園を休ませてすぐに駆けつけたそうなのです。

義父を怒らせたのは、そこらしいのです。
義父の母親の時には子供達の幼稚園を優先させたのに、自分の家族の時は関係ないのか!と。

うーん。 普通、そうなんじゃないか?

現に私の祖父が3年前に亡くなった時夫は来なかったけど、誰も責めたりしないし。
祖父に学費を出してもらって大学行かせてもらった従弟も来てなかったくらいだし(いけてないね)、
今回私も仕事のある日に通夜と告別式が重なったら、行けていたか、分からないし。
もし私が海外に暮らしていて幼子二人いたら、大移動は避けたいと思ってると思う。
でもなんだかんだ実際は、通夜にも告別式にも、S子さんはいて、手伝ってたじゃん!?
幼稚園を理由にはしてたけど、本当にそうなのかも、分からないじゃん?

夫の祖母は、私やS子さんと会った時にはすでにホームに住み痴呆もすすんでいて、
自らの息子である義父のことも、分からず、私のことも誰なのか分からない様子でした。
何度か会いに行ったけど、行くたびに静かになっていて、さびしかったです。
義祖母の若いころの写真や想像で私の中の“夫のおばあちゃん”を偲んではいたけど、
強いつながりは無かったのです。S子さんが自分のおばあさまを優先させるのは仕方ないと思う。

近くのホームに住んでるのに、お義父さんだってそう足繁く通ってたわけではないのに、
どうしてS子さんを責められるのかが、よく分からない。
何も問題の無いところに問題を見出してるようにしか、私には見えなくて、
友人がfacebookに載せてた言葉がぴったりだーーと思ってしまった。

I never gave you a reason to hate me.
You're just creating your own little drama of pure insecurity.
 「私はなにもしてないよ、勝手に想像を膨らませて被害者になってるのはあなただよ。」
みたいな感じでしょうか、かなり勝手な訳ですが。

私はなんせ「悪意なく人を傷つける一族」出身なので、人のことをとやかくは言えないのですが、
私も自分の知らないところで誰かを傷つけていることもあると思ので。
でも他人に対しては基本的に悪意あって攻撃してきてるのであれば腹を立てますが、
悪意がなければ流すようにしています。

義父が腹を立ててることで義母までつられてS子さんに怒ってるらしく、S子さん、頑張れ!
私が時期尚早かもだけど夫の両親と上手くやれてるかな?と思うのは、
同時にそれは我が家に子供がいないから。とも思ってます。
子供がいないから義父と義母に気を配れるし、行動も早く出来る。
小さな子が二人いたら、エネルギーは全てそちらに取られて他のことまで気が回らないと思う。
これから子供が欲しいと思ってるから、そのせいで夫の両親と上手くいかなくなることも
あるかと思うと、少しびびりました。

まだ義理の両親から子供について訊かれたことはありませんが、きっと思ってると思うし、
現にS子さんの産んだ姪っ子と甥っ子は限りない幸せをもたらしてるように、私には見えます。
そのS子さんの功績はゼロなの?
ママンが逝ってしまって悲しいのは分かるけどお義父さんどうか、冷静になってください。
負けるなS子さん!フレーフレーS子さん!

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2013年1月9日水曜日

D3 通院

D3の本日KLCへ行ってきました。
最後の診察で次はD12で来院との指示だったのですが、高温期が無かったのも心配で
先生に相談したくて行ってきました。
KLCは年末年始も診療しているという驚きの病院です。
ただし昨年の12/22から1/14までは午前のみの診療で、
お正月の三が日は初診の受付はなし、だったと思います。
先生方、スタッフのみなさま、お疲れ様でした。

今日も午前診療で私は9時過ぎに着いたのですが受付番号が既に300番台。おぉ。

4階受付(9:10)→10階検査センター(9:25)→9階カフェ(10:25)→5階診察(11:15)

思いがけず2時間ほどで、早く終わりました。
なんだかんだ最近の待ち時間は長くて2時間くらいなのですよね。
以前は普通に4時間待ってる感じがあったのですが、何があったんだーー。
嬉しいけど。

D3の値
E2  15
FSH  5.9

最後に診察してもらった際、「多能胞性卵巣症候群の疑いがある」と言われたのが
気になっていたのですが、生理と同時にE2が下がっているのでおそらく排卵は起こっていて、
多能胞性卵巣症候群であれば排卵しないそうなので、私は当てはまらないようなのでした。

ここ何回か連続して同じ先生なのですが、前回はテンパってカウフマン療法をリクエストした私。
覚えてもらっていたようなのですが、それが挙動不審者としていぶかられてる感じがしました^^;。
落ち着けワタシ。
とにかく”今回もまた排卵が起こらず移植出来なかったらどうしよう”というのが先にたってしまい、
気になることを先生に聞いていたのですがどうも話が喰いちがっているような、 おかしいな?と。

私はクロミフェンを処方してもらうと排卵出来るのですが完全自然だと自信が無いので
排卵を促す何かを処方してもらえるかと期待していたら手ぶらで帰されそうになったのであわてて
「私は転勤族なのでいつ転勤になってもおかしくないのでまた移植が出来ないのは困るんです。」
すると先生は初めて合点がいった様子で、排卵を促す薬の説明をしてくれました。
先生としては“ちょっと待てば調子の良い周期もあるだろう”ように考えていたらしいのです。
KLCの方針としては、何も飲まないのがベストらしく。

“転勤があるかもしれないから急いでます!”というのは先生からしてみたら不要な情報かなと言ってないのですが、その前置きが無いと無意味にテンパる挙動不審な患者だったかも分かりません。
理由を言ったら分かってもらえた様子で、良かった。 コミュニケーション能力低いねー私。

クロミフェンは移植をするには向かない薬で、たしか、初めて移植した時はクロミフェンを服用
していたこともあり、その時の先生は陰性の原因を薬の影響もあるかなーと言ってたのですよね。
だから今回は移植に影響を及ぼさない、フェマーラという薬(排卵誘発剤)が処方されました。ほっ。
今日から毎夕食後、5日分です。 薬が効いてくれますように。飲み忘れしませんように。

今周期は体温が36.7℃を超えた日が1日しかなく、てっきり排卵してないものと思ってました。
冬だから?と思ったのですが昨年も一昨年もガタガタであっても、周期が40日になることは
あっても、高温期が無いことはなかったんですよね。
先生は「生理が普通じゃないことなんて、みんなあるんだから」とは言ってくれましたが、
やっぱり不安には違いなくて、なんだかなーです。阿藤快。


今日は早めに終われたのでレディースデーを利用して映画『レ・ミゼラブル』を観てきました。
親子モノとミュージカルモノに弱い私には、そのふたつが合わさった最強映画でした^^v
アンハザウェイ はただ可愛いだけなのかと(失礼!)思ってましたが、すっごくよい女優さんでした。
キャストも豪華でみんな歌上手いし、やっぱエンターテイメントの国は層の厚さが違います。

映画館は平日にもかかわらず満席で、途中グスグスと涙や鼻水をすする音がしきりに。私も。
気分をリフレッシュさせるにはもってこい、最高の映画でした。おススメです!

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2013年1月7日月曜日

姉の真意

先日姉と二人でお茶をした時、なんとも不思議な言葉が彼女から発せられました。

子供の頃から母の手伝いをよくし、勉強も出来て私の面倒もよく見てくれ、
人のための労をいとわない、“どこへ出しても恥ずかしくない娘”の姉。
料理も掃除も上手で、誰よりも早く嫁ぐのだろうとみんなが思ってました。

姉は結婚する気が無いとは何度かこちらのブログにも書いたのですが、私としては疑ってまして。
30歳の時に激務が続いてパニック症候群的な(医者もよく分からなくて診断出来なかったらしい)
何かを発症?し倒れ、勤務時間中に救急車で運ばれました。
その後数年仕事を休職してたのですが結局辞め、派遣として働き始めた今の会社で正社員となり、現在に至ります。今の会社も労働時間が週に70時間を超えてるそうなので、とても心配。

婚活に最適の30代を休職して家事手伝いとして過ごしてしまったこと気にしているからなのか
よく知りませんが、「どうして結婚しないといけないのかが分からない」のだと言います。

私としては年々年老いていく両親のことが心配なのだな。
妹2のことが心配なのだな。
と思ってるのですが、本人は実家にいるのはただ単に楽だから。らしい^^;。
確かに、週に70時間働いてたら他のことをする気力は無いよね・・。

そんな中、「悪意なく人を傷つける一族」代表の母が姉に家を出ていくよう言ったそうです。
理由は「このまま50歳、60歳と老いていく姉ちゃんを見ていたくないの!」と。
さすが母。言うことが違うわ。

母の暴言にも吹いてしまいましたが、良い機会だから出れば?と私。
私は実家を出たくてたまらなかったたちなので、家にいる姉の方がよく分からない。
姉は姉でいやでも東京は家賃が高いしどうのこうのと出て行きたくない理由を続け、
私は私で家賃は高いけど職場に近いし、そんなに嫌なら結婚しようようんたらかんたら。

そして、両親は私たちより先に死んじゃうんだよーなんてことを言う私に姉は、
姉「いっそのこと、両親が早く死んでくれたら良いのに・・・」
私「・・・・・!?」
気を取り直して、
私「どいうこと?1人暮らししたら両親から自由になれるけど?」
姉「うん、まぁねーー・・・。」

あまりに突飛な姉の返答に一瞬言葉を失いました。
あ、もちろん、私の実家はみんな仲が良く、お互いを思いやることを忘れない家族です。
愛おしく思っていることは大前提の上、ではあるとは思うのですが、急だったのでびっくり。


その後私は何度か姉の言ったことを反芻してあれはなんだったんだろう?と考えてます。

いきなりですが、私が自立したがっていた頃のことを思い出しました。
高校の頃、父の転勤で2年半海外で暮らしました。
姉はちょうど大学に入学したばかりだったのでせっかく友人が出来たからと日本に1人残りました。
初めての海外生活は想像をはるかに上回って大変でした。私が甘かっただけなのですが。

みんなそれぞれ言葉の壁で苦労してストレスを溜めて帰宅するので家の中はギスギスしてて。
その上日本人駐在員の中の派閥争いのようなものもあって、子供達も巻き込まれて苛められたり。
そんな中両親はこれまでで最高の(?)夫婦喧嘩をして「帰国したらすぐに離婚するから」と、
離婚宣言までなされました^^;。
妹2はまだ幼稚園児だったのでよく分かっておらず、私は日本の姉に泣いて電話したものでした。

そんな時模様替えをするから手伝ってと言われ両親のベッドを異動させようとマットレスをずらすと
あれ、何か箱があるよ。
父親が慌てて隠すも、当時高校生の私はそれが何なのか分かってしまったのでした。
そうです、明るい家族計画、です。ポッ

あわわわ・・・・と一瞬焦るも、あれ。離婚するんじゃなかったの!?
今なら「両親、やるな」と流せると思うのですが、思春期真っ只中の娘には強烈で、
嫌悪感すら覚えてしまったのを思い出します(若かったなぁ)。

何を隠そう両親の離婚宣言を受けて私は「自分がグレれば両親が結束するかも」なんて、
グレる計画を立てていたのでした。、「まず煙草を吸う 」を実行に移している最中で。
考えることが浅はかですが、当時の私は両親がどうしたら仲良くしてくれるかに一生懸命でした。

でも、私がいてもいなくても両親は仲直り(なのか?)してたのだから、私、なんもしてないよな?
両親に私は、不要?なんて思い始め、それが自立のきっかけだったようにも、今は思います。
それからは夏休みの三カ月間は自分でホームステイ先を探してきて出掛けたり、
帰国後大学は家から通えない地方の大学を選んだり(お金のかかる娘でした、ごめんなさい。)
もちろん基本的には両親のことが大好きなので、家を出た時にはホームシックになりました。
でも徐々に自分の家族を求めるようになっていったというかなんというか、
私には良いきっかけになったのかなと。(「明るい家族計画」が^^:)


姉の話に戻りますが、
私と違って姉は、姉がいないと実家が成り立たなくなることを心配しているのではないか。
先日テレビで見たのです^^;。「親を放っておけない」から結婚出来ないという女性が。
でもそれは間違いで、親は子供が巣立った後も、寂しいけど幸せなのです。
「自分がいないと親が幸せになれないと思うのはかえって親ごさんに失礼なのです」と。
私は画面に向かって「そうそう、それを姉に言ってくれーー」と叫んだのでした。

自分を必要としてくれる人がいる、それだけでひとは頑張れると思うのです。
本当か嘘か分かりませんが夫は私のために働いてる、と言ってくれます。
私も毎日目が覚めて身体を起こすのは夫と猫達(のご飯)のためです。
両親亡き後も姉を必要としてる人と、生きていって欲しいと、願ってやみません。
・・まず私が夫とちゃんとやっていけるか、自分の心配の方が先かもしれませんが^^;。

と、終始不妊治療に関係ない話でした。
本日D1、高温期が来ないまま生理が来てしまいました。
どうなるよ、私の子宮と卵巣よ!?

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2013年1月4日金曜日

心の近眼

夫の実家でお盆と年末年始を過ごすようになって早4年、
有難いことに夫の両親には年々良くしてもらってるように感じます。

今年は義母が大きなモノを運んでいて脇腹を痛めたということで、私が手伝えることの範囲が
広くなっておりました。食事の準備後片付けと、風呂の準備と、大きな荷物の持ち運び、etc。

夫の実家にいて何が嫌かといえば、居場所がないこと。
去年は家事の資格を理由にキッチンにうまいこと入り込んだ私ですが、
今回は堂々とキッチンを使えて、何かしらやることがあり、大変気持ちが楽でした。

恩着せがましいと言われればそれまでですが、ご飯を作っても、風呂の準備をしても、
何をしても義父母は「助かるよー。ありがとうねー。」と、本当に何度も言ってくれます。
たまに来てするからそう何度も感謝の言葉を言ってくれるのはそうだと思いますが、
「ありがとう」と言ってもらえることって、本当に気持ちの良いことなのだなーと改めて実感。

疲れていても、その一言でもうひと踏ん張り頑張れる。マジックワードですねー。
いやいやお義父さんお義母さん、そう言ってくれることに、ありがとう。
普段夫からはするのが当たり前、しないと限りなく続く文句の嵐(お前は人間のクズだ!とまで)
の扱いを受けていた私には非常にリフレッシュになりました。
(夫の暴言について彼は「真意はない」と言いますが、それでも十分な破壊力があります^^;)
そうだよね、家事って、本当に助かるよね! ウンウン。


唐突ですが、結婚て、本当に良い物に違いないと思うのです。
今でこそ女性の社会進出や自立も進んで1人で生きていくことも出来るけど、
経済的な自立が不可能だから一緒にいる、という後ろ向きな理由のある人もいますが(私)
私は夫と結婚したことで人間関係が倍どころか二乗くらい広がりました(あれ、変な言い回し‥)。
赤の他人だった義父母や義祖母が親戚になり、夫の友人、いとこ、会社の人、
夫婦になってから知りあった知人etc。(あれ、やっぱり倍で良いのかな。)
実家の両親の元で培った価値観が大きく揺さぶられしんどく感じるときもありますが、
でも、結婚前の自分からしてみたら今の自分は随分と図太く、強くなったなーとも感じます。
独身の頃には無かった、自分の家族がいる安心感やいつでも夫の味方でいようという信条、
などなどが今の自分を支えてくれているんだなーと。

でも、日々の生活での些細な事から生じる喧嘩だとか価値観の違いがつのると時々
あぁ、もうやめてしまおうか・・・。
なんてボヤキも出てきてしまうこともあるわけです。想像しては踏みとどまる、の繰り返しですが。

で、先日テレビで見た覚えたての「時間非整合」です。( Eテレ『オイコノミア』より)
時間非整合とは、経済学用語で、時間が経つことで価値観が変わってしまうことのことです。

 ←青いビルが将来の目標で、赤いビルが現在の状況、ということなのですが。

将来に大きな夢を構え、それに向かう途中・・・


現実の問題(赤いビル)を近くで見過ぎると又吉さんの視界では青いビルが小さくなり、やがて赤いビルの後ろに隠れて見えなくなってしまう。
消えたわけではないのに自分の視野から消えてしまう。

夫婦喧嘩の一面を見過ぎると、将来の仲睦まじい老夫婦像が見えなくなってしまう。という感じかな?


説明が下手でごめんなさい(汗)。それに画像は勝手に使って、良くないですよねきっと。。


それはさておき今の私にとって、不妊治療もそうなのかなとふと思いました。
今だに時々思い出してはモヤモヤウジウジしてしまうときがあります。
そんな時は、赤いビルを見すぎているんだなーと思うことにして、
青いビルを見る視野を確保しておかないと、、イカンイカン。
心が近視になってしまっていたと感じた最近でした。

いつか必ず可愛い子どもを抱くのだと信じて。
今年もどうぞよろしくおねがいします!
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