D10の今日は、卵胞確認をしてきました。
D4からクロミッドを1日1錠10日分を処方してもらったところ、今6錠飲んだところです。
卵胞は2個見えて、それぞれ15mmくらいでした。
FSH 5.01
LH 16.24
E2 494.1
加えてフォリスチム150の注射を打ちました。 痛かったーー。
また数日後に診察して、採卵の日程を決めてもらえるようです。
今回のクリニックは私のように新鮮胚移植を既にしている人は胚盤胞培養が必須になってます。
胚盤胞、、、ハードルが高いですよね。。はぁ、緊張してしまうなぁ。
・・散々、“もう、子どもは要らないんだ”などと呟いている私ですが、こうして
新たな周期が始まると、やっぱり、出来たらいいな。うちに赤ちゃん来て欲しいな。と思ってしまいます。
未練タラタラです。こんなんで今回陰性だったら、また排水口の髪の毛になっちまうなあと、すごく不安。
目標は、もう、排水口の髪の毛にはならない!
ちなみに、前回書いた、AMHが増えた件は誤差の範囲とのことでした。
検査した会社が違うとちょっと変わってくることもあるのだと。
そんなに違っていいんかい。。
2014年1月30日木曜日
2014年1月29日水曜日
D4 診察
先週に生理が始まり、いよいよ採卵周期が始まりました。
現在住んでいる街には不妊治療を行っている病院が3つあります。
1つは総合病院で、不妊治療はあまり力を入れていない様子で、産科の方が大きく(たぶん)、
“きっと待合室で妊婦さんの間に座らなきゃなんだわ、、”と敬遠して行っておりません。
選択肢は2つの病院しかなく、といってもたくさん選べたらそれはそれで選べない私だので、
2件とも行ってみて、KLCと提携しているという、自然周期採卵をしているクリニックを選びました。
・・それが激混みなのです、、平均4~5時間待ち。 どこも大変なのね。。
自然周期法ではダメなのかも。と、KLCから転院した私ですが、やっぱり戻ってきてしまいます。
ひとつには、インスリン抵抗性を改善する薬を飲んでいるので、以前問題だった点は
クリアしているのでは、という期待があります。
もうひとつは、最近では(赤ちゃん待ちの方の士気を下げてはいけないと思うのですが、、)
子どもは絶対に欲しい、という想いを手放そうとこころがけているので、ダメ元の最後の採卵です。
だから、身体に負担をかけないで、気楽に行こう。
幸いバイトは週に1回(!)だし、タイミングが命の自然周期法でもイケる、というのがあります。
前置きが長くなりましたが、先週の金曜日に行ったD4の忘備録です。
8:10血液検査→10:45内診→11:45診察→12:20会計→12:30体外受精の説明
FSH 9.35
E2 40.52
生理中のホルモン値の結果は大丈夫とのことで、ゴーサインがでました。
初診で行った血液検査の結果が出ていたのですが、AMHの値が上がっておりました。
昨年の3月に測った時は2.74ng/ml。歳相応でしょう、とのことだったのですが、今回は3.83ng/ml。
早口の看護師さんに説明を受けたので受け流してましたが、後で気がついてまごつきました。
ネットでググった印象ですが、AMHは減る一方で増えることは無い、とおっしゃるお医者さんもいれば「1年で倍以上に増えました!」という書き込みをしている赤ちゃん待ちの方など。
うーん、どういうこっちゃろ。 でも検査機関が違うから誤差がある、なんてこともあるかもだので、
次回クリニックに行ったら聞いてみようと思います。 ・・多嚢胞気味になってきたとかかな?
あと、昨年中の初診の際、杉山で行った着床・不育症の血液検査では無かった項目を
追加で検査しました。2万円追加です(トホホ)。
予定ではこれが最後の採卵なので、泣いても笑っても、不妊治療でこんなにバンバンお金が出ていくことはもうこれで最後なんだわ。と思うと、とてもすがすがしい気持ちにさえなります。
昨年の年末、杉山での体外受精が陰性に終わったと分かった時、排水口の髪の毛のように
なっていたと書いたのですが、それは決して大袈裟ではありません。
もう人間じゃないから、人に対して気を遣うということとか、不可能なのです!
年末だから夫の実家にも行かなきゃだし、それも泊まりがけで、夫の中学校のプチ同窓会
とやらになぜか私も同伴しなきゃいけなかったり(子どもたくさん連れて来るという。)、
夫に泣きついて(嘘涙)、3泊のところを私だけ1泊にしてもらうことで折り合いをつけました。
そうして我儘を通せたものの、同窓会では私は居場所は無かったけど、会った子どもたちはみんな
とてもかわいくて、癒やされました。 思ったよりも悪くなかったな。なんて考えつつ帰途につくと、
ふと、こんなに日常生活に支障をきたす不妊治療は、私にはやる資格が無いのかもなー。
てな想いが浮上してきました。
でね、気になっていた占いをやってみたのです。そうです、占いです。当たるも八卦当たらぬも八卦。
最近ハマっていたブログで紹介されていたもので、タロットカードの日本版とも言われているそうです。
でも、タロットカードのように、いきなり死神が出てくるようなことはなく、
全部ポジティブな言葉が載ってるので、安心して引くことができます。
あ、タロットカードはしたことが無いのでもし解釈が間違ってたらごめんなさい。
確かに、日本の神様って八百万の神々とも言うようにたくさんいて、中々よく分からないですよね。
48枚のカードにそれぞれ神様が載っていて、それぞれのメッセージが小冊子に入ってます。
でね。もう排水口の髪の毛のようになっちゃっている私は、今後の不妊治療をどうしたら良いのか
分からず、「どうしたら良いのでしょう!教えて!」なんて懇願してカードを引いてみると、出ました。
「手放しなさい」
私が引いたのは水の神様のカードで、港や河口を守っている神様ということでした。
なにやら、水の流れに抗うことなく、しがみついているものから離れなさいと。
力を抜いて、水に浮かんで身を委ねなさい。自分が正しいと証明することは無いのだと。
という(私の要約、かなり雑)メッセージでした。
その瞬間、ストンと何かが腑に落ちて、涙がボロボロこぼれてきました。
そうそう、私は、「不妊治療したら、赤ちゃん出来たよ」と、みんなに言いたかったのです。
頑張ったら、出来たよ!と。両親にも「待たせたなっ」といって赤ちゃんを抱かせてあげたかった。
そんな風に潜在的に思ってることで、身体はいつの間にかガチガチに固まってました。
(最近リンパマッサージの教室に行ってるんですが、もう私、固いのなんのって。)
でも、「自分が正しいと証明することは無い」かー。 そっかー。
「しがみついてるもの」=赤ちゃん待ちのことですよね。そうです、ガッチリしがみついてました。
排水口の髪の毛になりながらも、頭ではお金を捻出しようと思い巡らし、念仏のように夫に
「金をくれ~」と、迫ってましたし。
でね。それでもやっぱり簡単に諦めることは出来ないので、数日経ってまた、同じことを
尋ねながらカードを引いたのです。 すると、再び同じカード!「手放しなさい」 おぅ。
2回同じカードを引く確率は、48×48= 2304 1/2304ということかしら。(合ってる?)
おぉぉ。
・・・占いで決断するなんて、詐欺に合う人間の典型とか思われても仕方ないのかもしれませんが、
でも確かに、不妊治療が日常に弊害をきたしているのは明らかです。
不妊治療の辛さのひとつに、妊娠という現象がありふれている、というところにあると思ってます。
妊娠というプロセスは本当に神秘的で、何千?という経験を積んできた医師や培養士でさえ、はっきりしたことは何も言えず、そこには神の見えざる手が働いているように思えます。
自分の受精卵の写真を見ただけで、心の温かい場所(キムタク風)が、うち震える感動もあります。
それに、天文学的数字くらいに組み合わせのある遺伝子配列の中から、その個性を持った
子どもと出会えたということも奇跡だと思います。
でも、『妊娠』自体は、奇跡じゃないと思うんです。
もし妊娠が奇跡だったら、地球上の人口はこんなに増えてないと思うんです。
・妊娠した友人にお祝いを言うと、暗い目をしながら「4ヶ月もかかったよー」と。
・子連れ再婚して「話し合って子どもはもう作らないことにした」と言ってた友人が1年後出産。
・以前から“どうして子どもが欲しいと思えるのか不思議”といってた友人が妊娠。
・二人目の子どもの育児休暇を終え仕事復帰した友人が「予定外で(汗)」と三人目を妊娠。
あぁ、妊娠は巷にはありふれてる出来事なんだわ、、と、日々思い知らされてます。
「奇跡の生還」「奇跡の復帰」・・・ きっと、1000人いて1000人がダメな中、生きて帰ってこれたから
奇跡といえるんですよね。それは、1%にも満たないもの。
一方で、一般的には妊娠の確率は25%くらいと言われています。
だから、「妊娠は奇跡だからね」と言われると、モヤモヤしてしまうのです。
私の祖父母は終戦で財産を全て失った人たちなので私の両親は二人共そら貧しい家庭で育ちました。でも、「あの時期はみんな貧乏だったから、気にしたことなかったわ~」と母は言います。
私も、もし妊娠が奇跡だったら、むしろ不妊が普通なら、こんなにしんどくはなかったはず。
奇跡の確率で妊娠出来るのだったら、妊娠した人を目にすることがあれば、おぉ!!
素晴らしい!人類の繁栄のために、頑張れ!!と、羨むどころか賞賛したことでしょう。
と、ここまで書いてから、私って本当につまらない女だなーと思いました。
こんな屁理屈ばかり言ってるから妊娠できない、とよく夫は言います。
でも、妊娠できなくても、(そんなこと言う)夫と猫2匹との生活は、これまでも、これからも幸せなことに
変わりは無いのだということにも、ふと気が付きました。 前から気がついてたけど更に。
不妊治療を辞めたら、数ヶ月先の予定も入れられるようになったり、生活が変わると思います。
もちろん妊娠できれば万々歳ですが、出来なくても、不幸になるわけじゃないのだと、
自分のために使える時間がたくさん出来るだけなのだと、気楽に構えようと思います。
ではでは、長い備忘録?でした。
現在住んでいる街には不妊治療を行っている病院が3つあります。
1つは総合病院で、不妊治療はあまり力を入れていない様子で、産科の方が大きく(たぶん)、
“きっと待合室で妊婦さんの間に座らなきゃなんだわ、、”と敬遠して行っておりません。
選択肢は2つの病院しかなく、といってもたくさん選べたらそれはそれで選べない私だので、
2件とも行ってみて、KLCと提携しているという、自然周期採卵をしているクリニックを選びました。
・・それが激混みなのです、、平均4~5時間待ち。 どこも大変なのね。。
自然周期法ではダメなのかも。と、KLCから転院した私ですが、やっぱり戻ってきてしまいます。
ひとつには、インスリン抵抗性を改善する薬を飲んでいるので、以前問題だった点は
クリアしているのでは、という期待があります。
もうひとつは、最近では(赤ちゃん待ちの方の士気を下げてはいけないと思うのですが、、)
子どもは絶対に欲しい、という想いを手放そうとこころがけているので、ダメ元の最後の採卵です。
だから、身体に負担をかけないで、気楽に行こう。
幸いバイトは週に1回(!)だし、タイミングが命の自然周期法でもイケる、というのがあります。
前置きが長くなりましたが、先週の金曜日に行ったD4の忘備録です。
8:10血液検査→10:45内診→11:45診察→12:20会計→12:30体外受精の説明
FSH 9.35
E2 40.52
生理中のホルモン値の結果は大丈夫とのことで、ゴーサインがでました。
初診で行った血液検査の結果が出ていたのですが、AMHの値が上がっておりました。
昨年の3月に測った時は2.74ng/ml。歳相応でしょう、とのことだったのですが、今回は3.83ng/ml。
早口の看護師さんに説明を受けたので受け流してましたが、後で気がついてまごつきました。
ネットでググった印象ですが、AMHは減る一方で増えることは無い、とおっしゃるお医者さんもいれば「1年で倍以上に増えました!」という書き込みをしている赤ちゃん待ちの方など。
うーん、どういうこっちゃろ。 でも検査機関が違うから誤差がある、なんてこともあるかもだので、
次回クリニックに行ったら聞いてみようと思います。 ・・多嚢胞気味になってきたとかかな?
あと、昨年中の初診の際、杉山で行った着床・不育症の血液検査では無かった項目を
追加で検査しました。2万円追加です(トホホ)。
予定ではこれが最後の採卵なので、泣いても笑っても、不妊治療でこんなにバンバンお金が出ていくことはもうこれで最後なんだわ。と思うと、とてもすがすがしい気持ちにさえなります。
昨年の年末、杉山での体外受精が陰性に終わったと分かった時、排水口の髪の毛のように
なっていたと書いたのですが、それは決して大袈裟ではありません。
もう人間じゃないから、人に対して気を遣うということとか、不可能なのです!
年末だから夫の実家にも行かなきゃだし、それも泊まりがけで、夫の中学校のプチ同窓会
とやらになぜか私も同伴しなきゃいけなかったり(子どもたくさん連れて来るという。)、
夫に泣きついて(嘘涙)、3泊のところを私だけ1泊にしてもらうことで折り合いをつけました。
そうして我儘を通せたものの、同窓会では私は居場所は無かったけど、会った子どもたちはみんな
とてもかわいくて、癒やされました。 思ったよりも悪くなかったな。なんて考えつつ帰途につくと、
ふと、こんなに日常生活に支障をきたす不妊治療は、私にはやる資格が無いのかもなー。
てな想いが浮上してきました。
でね、気になっていた占いをやってみたのです。そうです、占いです。当たるも八卦当たらぬも八卦。
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| 『日本の神様カード』 |
最近ハマっていたブログで紹介されていたもので、タロットカードの日本版とも言われているそうです。
でも、タロットカードのように、いきなり死神が出てくるようなことはなく、
全部ポジティブな言葉が載ってるので、安心して引くことができます。
あ、タロットカードはしたことが無いのでもし解釈が間違ってたらごめんなさい。
確かに、日本の神様って八百万の神々とも言うようにたくさんいて、中々よく分からないですよね。
48枚のカードにそれぞれ神様が載っていて、それぞれのメッセージが小冊子に入ってます。
でね。もう排水口の髪の毛のようになっちゃっている私は、今後の不妊治療をどうしたら良いのか
分からず、「どうしたら良いのでしょう!教えて!」なんて懇願してカードを引いてみると、出ました。
「手放しなさい」
私が引いたのは水の神様のカードで、港や河口を守っている神様ということでした。
なにやら、水の流れに抗うことなく、しがみついているものから離れなさいと。
力を抜いて、水に浮かんで身を委ねなさい。自分が正しいと証明することは無いのだと。
という(私の要約、かなり雑)メッセージでした。
その瞬間、ストンと何かが腑に落ちて、涙がボロボロこぼれてきました。
そうそう、私は、「不妊治療したら、赤ちゃん出来たよ」と、みんなに言いたかったのです。
頑張ったら、出来たよ!と。両親にも「待たせたなっ」といって赤ちゃんを抱かせてあげたかった。
そんな風に潜在的に思ってることで、身体はいつの間にかガチガチに固まってました。
(最近リンパマッサージの教室に行ってるんですが、もう私、固いのなんのって。)
でも、「自分が正しいと証明することは無い」かー。 そっかー。
「しがみついてるもの」=赤ちゃん待ちのことですよね。そうです、ガッチリしがみついてました。
排水口の髪の毛になりながらも、頭ではお金を捻出しようと思い巡らし、念仏のように夫に
「金をくれ~」と、迫ってましたし。
でね。それでもやっぱり簡単に諦めることは出来ないので、数日経ってまた、同じことを
尋ねながらカードを引いたのです。 すると、再び同じカード!「手放しなさい」 おぅ。
2回同じカードを引く確率は、48×48= 2304 1/2304ということかしら。(合ってる?)
おぉぉ。
・・・占いで決断するなんて、詐欺に合う人間の典型とか思われても仕方ないのかもしれませんが、
でも確かに、不妊治療が日常に弊害をきたしているのは明らかです。
不妊治療の辛さのひとつに、妊娠という現象がありふれている、というところにあると思ってます。
妊娠というプロセスは本当に神秘的で、何千?という経験を積んできた医師や培養士でさえ、はっきりしたことは何も言えず、そこには神の見えざる手が働いているように思えます。
自分の受精卵の写真を見ただけで、心の温かい場所(キムタク風)が、うち震える感動もあります。
それに、天文学的数字くらいに組み合わせのある遺伝子配列の中から、その個性を持った
子どもと出会えたということも奇跡だと思います。
でも、『妊娠』自体は、奇跡じゃないと思うんです。
もし妊娠が奇跡だったら、地球上の人口はこんなに増えてないと思うんです。
・妊娠した友人にお祝いを言うと、暗い目をしながら「4ヶ月もかかったよー」と。
・子連れ再婚して「話し合って子どもはもう作らないことにした」と言ってた友人が1年後出産。
・以前から“どうして子どもが欲しいと思えるのか不思議”といってた友人が妊娠。
・二人目の子どもの育児休暇を終え仕事復帰した友人が「予定外で(汗)」と三人目を妊娠。
あぁ、妊娠は巷にはありふれてる出来事なんだわ、、と、日々思い知らされてます。
「奇跡の生還」「奇跡の復帰」・・・ きっと、1000人いて1000人がダメな中、生きて帰ってこれたから
奇跡といえるんですよね。それは、1%にも満たないもの。
一方で、一般的には妊娠の確率は25%くらいと言われています。
だから、「妊娠は奇跡だからね」と言われると、モヤモヤしてしまうのです。
私の祖父母は終戦で財産を全て失った人たちなので私の両親は二人共そら貧しい家庭で育ちました。でも、「あの時期はみんな貧乏だったから、気にしたことなかったわ~」と母は言います。
私も、もし妊娠が奇跡だったら、むしろ不妊が普通なら、こんなにしんどくはなかったはず。
奇跡の確率で妊娠出来るのだったら、妊娠した人を目にすることがあれば、おぉ!!
素晴らしい!人類の繁栄のために、頑張れ!!と、羨むどころか賞賛したことでしょう。
と、ここまで書いてから、私って本当につまらない女だなーと思いました。
こんな屁理屈ばかり言ってるから妊娠できない、とよく夫は言います。
でも、妊娠できなくても、(そんなこと言う)夫と猫2匹との生活は、これまでも、これからも幸せなことに
変わりは無いのだということにも、ふと気が付きました。 前から気がついてたけど更に。
不妊治療を辞めたら、数ヶ月先の予定も入れられるようになったり、生活が変わると思います。
もちろん妊娠できれば万々歳ですが、出来なくても、不幸になるわけじゃないのだと、
自分のために使える時間がたくさん出来るだけなのだと、気楽に構えようと思います。
ではでは、長い備忘録?でした。
2014年1月8日水曜日
おわりのはじまり
遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
久しぶりの更新、少しブログから遠ざかっておりました。
その間も毎日誰かがいらしてくれて、ポチッとしてくれて、本当に、どうもありがとうございました;o;
更新しない間、何をしていたかと言いますと、体外受精の4回目に挑戦しておりました。
あ、結果は陰性です。
前回の日記にも書いたのですが、応援していた方が死産をされてしまって、
あまりの衝撃に私の中の何かがポッキリと折れてしまいました。
どうしてここまで辛いことがあるんだろう。子どもを産むって、なんだろ。
でも、みつをも言っていたように、落ち込んでばかりいないでなんとか具体的には動いてみよう。
パートin東京の生活も終わったことで、時間的にも、お金も準備が整い、もう一度ステップアップ
してみよう。と、杉山では初めての体外受精にのぞみました。
私はKLCで低刺激の方法で3回採卵、3回移植しました。
新鮮初期胚の移植を1回、凍結胚盤胞の移植を1回、凍結初期胚の移植を1回。
いずれも陰性で、F先生が“ひょっとしたら、刺激法した方があなたには合うのかも”なんて
アドバイスをしてもらったのをきっかけに転院をしました。
KLCの先生方は自然周期法の理念に信念を持って治療されてる方ばかりといった印象でした。
私に対して(ひょっとしたらと)刺激法を勧めてくれた先生は、意に反する行為でしたでしょうし、
でも3回移植をして結果が出なかったことに責任を感じてそうおっしゃってくれたのかもしれません。
とても良心的な先生だわ、と、私は解釈しております。。
その頃は自宅からのアクセスが良く比較的近い日にちに予約がとれた杉山産婦人科丸の内へ。
初診の内診で破裂しそうな卵胞が見えて急遽翌日に人工授精。そこでめでたく妊娠できました。
しかし8週で流産。
私にとって2013年は今後きっと忘れることの出来ない歳になったなーと思います。
子供の頃に経験した、妹の死の次に、ひどい経験でした。
杉山での人工授精は流産後3回やって、結果が出ず。
そろそろとステップアップを決めたのでした。
・・・んで、肝心の誘発方法ですが、また低刺激なのでした。
先生何人かにそう勧められ、えー、そうなのー?なんてその気になりつつ。
でも、採卵に麻酔は使ってくれるよね。と、ようようと構えていたら、
私は咳喘息(喘息の一歩手前の症状)があるので、麻酔や痛み止めは使わないほうが良いとのこと。ひぇ~~マジカ。 あたし、バカよね~♪おばかさんよね~
それだったら、KLCと変わらないじゃん・・・。転院しなくてよかったのか?
なーんて束の間思いましたが、遠距離通院の者にとっては東京駅から歩いて数分の所にある
杉山丸の内はより、ストレスが少なく、予約制ゆえ待ち時間が短く、治療のしんどさを緩和させてくれるという点では良かったかなーと思います。
■ 誘発方法
D3からセロフェンを一日2錠、5日間
ゴナールエフ150をD3、D5、D7、D9
D9で12mm~18mmの卵胞が7個程 内膜6mm
■ 採卵
D9の夜にスプレキュア
D11の朝イチ集合 無麻酔にて3個採卵(医師の「空だなー」という声が聞こえた)
D12電話で受精確認。3個採れた卵は未熟卵(涙)でしたが、2個が受精到達(嬉)。
■ 移植
D14オシッコ溜めに奮闘。あれすごいね。受精3日目の卵はG1の8分割胚が2個。
そのうちの1個を移植。
■ 結果
陰性
■ 費用
採卵-初期培養-移植 : ¥367,500
注射(ゴナールエフ150) : ¥8,400×4=¥33,600
セロフェン(10錠) : ¥2,100
胚凍結 : ¥31,500
ホルモン値血液検査E2/LH/FSH : ¥3,150/¥2,100/¥2,100
まだ杉山に凍結卵が1個あるので、近いうちに迎えに行こうと思ってます。
でもその前に一度、今住んでいる近所の病院での採卵を考えています。
現在次周期の採卵に向けてマーベロンを服用中です。
順調に採卵出来たら、きっとそれを最期にすると思います。
2005年に結婚して早8年半くらい。
子どもを望み始めてからは7年くらい。その間ずーっと辛かったという訳でもないのですが。
これまでに私が経験したことで一番泣いたのは妹の死だったと思っていたけど、
自分が不妊であるということでこの7年の間、それを越したかも、と思うくらい泣きました。
4回目の体外受精の結果にはもう、排水口の髪の毛のようになってましたし^^;
4回くらいで弱気なことを言ってる、と、思われるかもしれませんが、そう、私は弱っちいのです。
でも、もう良いのです。あと1回挑戦して、出来なければ地道に人工授精を続けて、
それで出来なければもう不妊治療は辞めようと思います。それが私の2014年の予定です。
もう、「今年こそは!」とは思わないし、「子どもが出来たらこうしよう」とかも、考えなくなりました。
そうすると、なんだかすごく気が楽になって、だったら、フルタイムで働こう(あればだけど)。
何かちゃんと得意なものをつくろう。と、前向きな気持ちになってきました。
と、いうわけで一方的な報告と年始の挨拶をおわります。
ほんと、こんな日記を見に来てくれてありがとうございます。
色々といろんな方と交友出来たらとも思うのですが、不妊治療はわたしにとっては
いよいよ鬼門となってきました。 もう、心に余裕が全く、無いのです。
初めの頃のように軽口をたたくことも出来なくなりました。あぁ本当に器が小さいよ。
ではでは、夕飯の支度をするのでこの辺で。
久しぶりの更新、少しブログから遠ざかっておりました。
その間も毎日誰かがいらしてくれて、ポチッとしてくれて、本当に、どうもありがとうございました;o;
更新しない間、何をしていたかと言いますと、体外受精の4回目に挑戦しておりました。
あ、結果は陰性です。
前回の日記にも書いたのですが、応援していた方が死産をされてしまって、
あまりの衝撃に私の中の何かがポッキリと折れてしまいました。
どうしてここまで辛いことがあるんだろう。子どもを産むって、なんだろ。
でも、みつをも言っていたように、落ち込んでばかりいないでなんとか具体的には動いてみよう。
パートin東京の生活も終わったことで、時間的にも、お金も準備が整い、もう一度ステップアップ
してみよう。と、杉山では初めての体外受精にのぞみました。
私はKLCで低刺激の方法で3回採卵、3回移植しました。
新鮮初期胚の移植を1回、凍結胚盤胞の移植を1回、凍結初期胚の移植を1回。
いずれも陰性で、F先生が“ひょっとしたら、刺激法した方があなたには合うのかも”なんて
アドバイスをしてもらったのをきっかけに転院をしました。
KLCの先生方は自然周期法の理念に信念を持って治療されてる方ばかりといった印象でした。
私に対して(ひょっとしたらと)刺激法を勧めてくれた先生は、意に反する行為でしたでしょうし、
でも3回移植をして結果が出なかったことに責任を感じてそうおっしゃってくれたのかもしれません。
とても良心的な先生だわ、と、私は解釈しております。。
その頃は自宅からのアクセスが良く比較的近い日にちに予約がとれた杉山産婦人科丸の内へ。
初診の内診で破裂しそうな卵胞が見えて急遽翌日に人工授精。そこでめでたく妊娠できました。
しかし8週で流産。
私にとって2013年は今後きっと忘れることの出来ない歳になったなーと思います。
子供の頃に経験した、妹の死の次に、ひどい経験でした。
杉山での人工授精は流産後3回やって、結果が出ず。
そろそろとステップアップを決めたのでした。
・・・んで、肝心の誘発方法ですが、また低刺激なのでした。
先生何人かにそう勧められ、えー、そうなのー?なんてその気になりつつ。
でも、採卵に麻酔は使ってくれるよね。と、ようようと構えていたら、
私は咳喘息(喘息の一歩手前の症状)があるので、麻酔や痛み止めは使わないほうが良いとのこと。ひぇ~~マジカ。 あたし、バカよね~♪おばかさんよね~
それだったら、KLCと変わらないじゃん・・・。転院しなくてよかったのか?
なーんて束の間思いましたが、遠距離通院の者にとっては東京駅から歩いて数分の所にある
杉山丸の内はより、ストレスが少なく、予約制ゆえ待ち時間が短く、治療のしんどさを緩和させてくれるという点では良かったかなーと思います。
■ 誘発方法
D3からセロフェンを一日2錠、5日間
ゴナールエフ150をD3、D5、D7、D9
D9で12mm~18mmの卵胞が7個程 内膜6mm
■ 採卵
D9の夜にスプレキュア
D11の朝イチ集合 無麻酔にて3個採卵(医師の「空だなー」という声が聞こえた)
D12電話で受精確認。3個採れた卵は未熟卵(涙)でしたが、2個が受精到達(嬉)。
■ 移植
D14オシッコ溜めに奮闘。あれすごいね。受精3日目の卵はG1の8分割胚が2個。
そのうちの1個を移植。
■ 結果
陰性
■ 費用
採卵-初期培養-移植 : ¥367,500
注射(ゴナールエフ150) : ¥8,400×4=¥33,600
セロフェン(10錠) : ¥2,100
胚凍結 : ¥31,500
ホルモン値血液検査E2/LH/FSH : ¥3,150/¥2,100/¥2,100
まだ杉山に凍結卵が1個あるので、近いうちに迎えに行こうと思ってます。
でもその前に一度、今住んでいる近所の病院での採卵を考えています。
現在次周期の採卵に向けてマーベロンを服用中です。
順調に採卵出来たら、きっとそれを最期にすると思います。
2005年に結婚して早8年半くらい。
子どもを望み始めてからは7年くらい。その間ずーっと辛かったという訳でもないのですが。
これまでに私が経験したことで一番泣いたのは妹の死だったと思っていたけど、
自分が不妊であるということでこの7年の間、それを越したかも、と思うくらい泣きました。
4回目の体外受精の結果にはもう、排水口の髪の毛のようになってましたし^^;
4回くらいで弱気なことを言ってる、と、思われるかもしれませんが、そう、私は弱っちいのです。
でも、もう良いのです。あと1回挑戦して、出来なければ地道に人工授精を続けて、
それで出来なければもう不妊治療は辞めようと思います。それが私の2014年の予定です。
もう、「今年こそは!」とは思わないし、「子どもが出来たらこうしよう」とかも、考えなくなりました。
そうすると、なんだかすごく気が楽になって、だったら、フルタイムで働こう(あればだけど)。
何かちゃんと得意なものをつくろう。と、前向きな気持ちになってきました。
と、いうわけで一方的な報告と年始の挨拶をおわります。
ほんと、こんな日記を見に来てくれてありがとうございます。
色々といろんな方と交友出来たらとも思うのですが、不妊治療はわたしにとっては
いよいよ鬼門となってきました。 もう、心に余裕が全く、無いのです。
初めの頃のように軽口をたたくことも出来なくなりました。あぁ本当に器が小さいよ。
ではでは、夕飯の支度をするのでこの辺で。
2013年11月25日月曜日
愛と慈悲と忍耐と
唐突ですが、現在我々夫婦は東海地方に住んでおります。
私は先月まで東京の往復生活をしていたので、引っ越してからも住んでいる街に
馴染もうとせず、休みの日はただただ家で引きこもっておりました。
今月からはいよいよ本腰を据えようと、街の探検を始めてみました。
車も4年ぶりに運転して、行動範囲も拡大中。
何があるのか、何が出来るのか、妄想が広がってきます。
そんな時、あの、ダライ・ラマ氏が静岡にやって来るということを聞きました。見に行かなきゃあ。
数年前、北国に赴任していた時、道を歩いていると、人がなにやら集まっていて、しばらくすると
黒い車に乗った天皇と美智子様がスピードを落として窓を開けて、手を振って通り過ぎました。
おぉぉ。
それまでは、
テレビの中でしか見たことのない人。
歴史上の人物。
国の象徴。
よく空港や街で芸能人を見かけたりすると、やっぱり一般人とは違うんだわ、という空気が
漂っている気がするのです。気のせいかもしれないけど。
だけど、一瞬だけ見れたかのお二人は、なんだか、これまでに感じたことのない『大物』感が。
あぁ、本当に、ただ者ではない。
ただ、天皇と美智子様が過ぎ去った後、なーんか、あれー、なんかこの感じ、知ってる気が
するなー。なんだろうなー。 と、モヤモヤしていたのですが。
あっ
ミッキーだ!
あくまで個人的な見解です。祖母に言ったら「不敬罪!」と叱られてしまうことでしょう。
でも、私の感じたそのオーラなのかなんなのか分からないけどその雰囲気、それは
あの、ネズミーランドに住んでいるミッキー氏のものと、酷似していた気がするのです。
それを夫に話すと夫も、「確かに皇居なんて、ディズニーランドみたいなもん(はい色々失礼!)だし、共通点はあるのかもね」とまんざらでもなさそうな感じで。ミッキーの中の人が気になるけども
世界的なスターだし、やっぱり、歴史に残るような存在というのは、特別なのかもしれない。
で、ダライ・ラマ氏です。
歴史上の人を見たい、とミーハー心でラマ氏の話を聞きに行きたいと思ってしまった私です。
オレンジというか黄色というか、素敵な色の僧衣に身を包んで、ピッカーと光って見えました。
まぁ主観なので。知り合いは「普通だった」と言ってました。衣装(!)の効果もあるのかなぁ。
どだい失礼な発言が続いて、関係者の方々すみません。
私にとって宗教は日常に根付いているものではなく、海外の方に宗教は何か聞かれ、ハッとしたものです。「 ・・・・仏教?」と、クエスチョンマークをつけながら答えると、相手の答えは
輪廻転生ってクールだよね!というものでした。 ハハハ、輪廻転生、、クールなんかぁ。
あとは毎朝神棚に向かって毎日手を合わせる、というもの。 神道だしさっ。
(夫によると海外の人に宗教を聞かれた時は、“ZEN(禅)”と答えるのが正解だそうです^^;なんじゃそりゃ)
でも、祈りの場というものは、こよなく好きです。
横浜にいた時は鎌倉のお寺を巡るのが好きでしたし、東京もお寺や神社があるとつい足をとめて
入ったり。海外旅行でも教会とかあるとフラリと入って深呼吸をすると、なんか、異国にいるのに、
とても落ち着くんですよね。人が祈る気持ちというのは、世界中どこへ行っても同じなんだなーと。
(実家は熱心でない仏教と神道でしたが、幼稚園と高校がカトリック系だったので、「神様はいる」「神様は見ている」と聞かされていたので、今でも“誰かに見られている”感を拭えない私です。 ちなみに、人間は自分の意志で心臓を動かすことは出来ないので、何か、見えない大きな力はあると思ってます。それが、神様という解釈で良いのか分かりませんが。)
今回ダライ・ラマ氏も参加したイベントは、6つの宗教がそれぞれ富士山に向かって祈りを捧げる、
というものでした。静岡だからね。富士山の見える丘で執り行われました。
神道、キリスト教、イスラム教、修験道、チベット仏教、日本仏教、の6つ。
コンセプトは素晴らしかったけど、写真撮影可、ということで、参列者のみんなが携帯やアイパッドをかざしながらの参拝だったので、なんだか神妙な雰囲気はほぼありませんでした。
あ、私もパシャパシャやってました。 ミーハーな国民性なのです。ごめんね聖職者のみなさん。
それぞれの宗教が、神に奉仕するための様々な踊りや歌を持っていて、それを披露(奉仕?富士山に向けて)してくれました。現在は歌や踊りといったものは芸術的、文化的なくくりのものになってはいるけど、人がそもそも踊りや歌を発展させたのは、神に捧げるためだった、というのをどこかで聞いた気がするので、重要な部分なのだと思います。
以前、どこかのライブハウスでお坊さんがお経のライブをしているというのを聞いて観に行きたいと
思ったのですが、夫が「不謹慎だ」といって怒ってた気がするのですが、私は良いと思うんです。
色々な祈りの形があって。お坊さん方は毎日発声練習してるから声も良いし、お経はそもそも
耳に心地よいものだし、そうやって宗教が日常に入り込んでいくのは、とても良いことだと思う。
もっと身近に感じた方が楽しいのじゃないかなーと。 ゴスペルとかみたいにさ。
で、話は戻りますが、ダライ・ラマ氏の講話がその後に続きました。
内容は結構長くて忘れてしまいましたが(あほなので)、印象に残っているのは、
違う宗教の間で様々な闘争があるけど、信仰する理由というものはほぼ共通していて、みんな、
愛と慈悲と忍耐を学ぶためにしていることである、といったようなことでした。
有難いお話でした。 なんせ声が、良かった^^。
宗教は違っても、学ぶことは同じ。 私もそう思う。
大して宗教に関心もなく、戦争の無い平和な国で暮らしている私が言ってもなんの説得力も
ないけど。 愛も慈悲も忍耐も大して持ってないわー、、そっかー。 先は長いな。
その後、参列者もダライ・ラマ氏も聖職者のみなさんも一緒に祈りの時間が設けられました。
祈り、かぁ。
私の祈りたいことって、なんだろうな。
痩せたい?妊娠したい? それって、願望か^^;(特にひとつ目)。
神様に伝えたいことではないよね。。。
・・世界平和、というのはもちろんだけど、壮大過ぎるかな。
ふと心に浮かんだのは、先日、妊娠後期で死産されてしまった、大好きなブロガーさんでした。
交流はないので、私のことは知らないと思いますが、私は好きで読ませてもらってます。
文章から、人となりが伝わってきて、大好きなブログのひとつです。
それは先週に突然起こり、あまりにショックで言葉を失っておりました。
自分が流産した時は、人を慰められるような言葉をかけられるような人になりたい、だなんて
大口たたいていたくせに、いざ直面すると、もう、何も言えない。 ただただ呆然としてました。
どうしてこんなことが? 神様なんて、いないのかなと。(一応、神様はいると思ってます、、)
(神様は)本当にびっくりするほどひどいことをすると、妹が生後4ヶ月で亡くなった時に思いました。
人が亡くなるのは仕方のないことだけど、小さくて可愛い赤ちゃんを奪わなくても、良いのに。
心臓を握り潰されるような辛い出来事は、ある。 でも、生きていかなきゃいけない。
何も出来ないけど、祈ることなら、出来るのかな、
どうか、あの人の心が癒やされますように。
どうか、前を向ける日が近い将来に来ますように。
私は先月まで東京の往復生活をしていたので、引っ越してからも住んでいる街に
馴染もうとせず、休みの日はただただ家で引きこもっておりました。
今月からはいよいよ本腰を据えようと、街の探検を始めてみました。
車も4年ぶりに運転して、行動範囲も拡大中。
何があるのか、何が出来るのか、妄想が広がってきます。
そんな時、あの、ダライ・ラマ氏が静岡にやって来るということを聞きました。見に行かなきゃあ。
数年前、北国に赴任していた時、道を歩いていると、人がなにやら集まっていて、しばらくすると
黒い車に乗った天皇と美智子様がスピードを落として窓を開けて、手を振って通り過ぎました。
おぉぉ。
それまでは、
テレビの中でしか見たことのない人。
歴史上の人物。
国の象徴。
よく空港や街で芸能人を見かけたりすると、やっぱり一般人とは違うんだわ、という空気が
漂っている気がするのです。気のせいかもしれないけど。
だけど、一瞬だけ見れたかのお二人は、なんだか、これまでに感じたことのない『大物』感が。
あぁ、本当に、ただ者ではない。
ただ、天皇と美智子様が過ぎ去った後、なーんか、あれー、なんかこの感じ、知ってる気が
するなー。なんだろうなー。 と、モヤモヤしていたのですが。
あっ
ミッキーだ!
あくまで個人的な見解です。祖母に言ったら「不敬罪!」と叱られてしまうことでしょう。
でも、私の感じたそのオーラなのかなんなのか分からないけどその雰囲気、それは
あの、ネズミーランドに住んでいるミッキー氏のものと、酷似していた気がするのです。
それを夫に話すと夫も、「確かに皇居なんて、ディズニーランドみたいなもん(はい色々失礼!)だし、共通点はあるのかもね」とまんざらでもなさそうな感じで。ミッキー
世界的なスターだし、やっぱり、歴史に残るような存在というのは、特別なのかもしれない。
で、ダライ・ラマ氏です。
歴史上の人を見たい、とミーハー心でラマ氏の話を聞きに行きたいと思ってしまった私です。
オレンジというか黄色というか、素敵な色の僧衣に身を包んで、ピッカーと光って見えました。
まぁ主観なので。知り合いは「普通だった」と言ってました。衣装(!)の効果もあるのかなぁ。
どだい失礼な発言が続いて、関係者の方々すみません。
私にとって宗教は日常に根付いているものではなく、海外の方に宗教は何か聞かれ、ハッとしたものです。「 ・・・・仏教?」と、クエスチョンマークをつけながら答えると、相手の答えは
輪廻転生ってクールだよね!というものでした。 ハハハ、輪廻転生、、クールなんかぁ。
あとは毎朝神棚に向かって毎日手を合わせる、というもの。 神道だしさっ。
(夫によると海外の人に宗教を聞かれた時は、“ZEN(禅)”と答えるのが正解だそうです^^;なんじゃそりゃ)
でも、祈りの場というものは、こよなく好きです。
横浜にいた時は鎌倉のお寺を巡るのが好きでしたし、東京もお寺や神社があるとつい足をとめて
入ったり。海外旅行でも教会とかあるとフラリと入って深呼吸をすると、なんか、異国にいるのに、
とても落ち着くんですよね。人が祈る気持ちというのは、世界中どこへ行っても同じなんだなーと。
(実家は熱心でない仏教と神道でしたが、幼稚園と高校がカトリック系だったので、「神様はいる」「神様は見ている」と聞かされていたので、今でも“誰かに見られている”感を拭えない私です。 ちなみに、人間は自分の意志で心臓を動かすことは出来ないので、何か、見えない大きな力はあると思ってます。それが、神様という解釈で良いのか分かりませんが。)
今回ダライ・ラマ氏も参加したイベントは、6つの宗教がそれぞれ富士山に向かって祈りを捧げる、
というものでした。静岡だからね。富士山の見える丘で執り行われました。
神道、キリスト教、イスラム教、修験道、チベット仏教、日本仏教、の6つ。
コンセプトは素晴らしかったけど、写真撮影可、ということで、参列者のみんなが携帯やアイパッドをかざしながらの参拝だったので、なんだか神妙な雰囲気はほぼありませんでした。
あ、私もパシャパシャやってました。 ミーハーな国民性なのです。ごめんね聖職者のみなさん。
それぞれの宗教が、神に奉仕するための様々な踊りや歌を持っていて、それを披露(奉仕?富士山に向けて)してくれました。現在は歌や踊りといったものは芸術的、文化的なくくりのものになってはいるけど、人がそもそも踊りや歌を発展させたのは、神に捧げるためだった、というのをどこかで聞いた気がするので、重要な部分なのだと思います。
以前、どこかのライブハウスでお坊さんがお経のライブをしているというのを聞いて観に行きたいと
思ったのですが、夫が「不謹慎だ」といって怒ってた気がするのですが、私は良いと思うんです。
色々な祈りの形があって。お坊さん方は毎日発声練習してるから声も良いし、お経はそもそも
耳に心地よいものだし、そうやって宗教が日常に入り込んでいくのは、とても良いことだと思う。
もっと身近に感じた方が楽しいのじゃないかなーと。 ゴスペルとかみたいにさ。
で、話は戻りますが、ダライ・ラマ氏の講話がその後に続きました。
内容は結構長くて忘れてしまいましたが(あほなので)、印象に残っているのは、
違う宗教の間で様々な闘争があるけど、信仰する理由というものはほぼ共通していて、みんな、
愛と慈悲と忍耐を学ぶためにしていることである、といったようなことでした。
有難いお話でした。 なんせ声が、良かった^^。
宗教は違っても、学ぶことは同じ。 私もそう思う。
大して宗教に関心もなく、戦争の無い平和な国で暮らしている私が言ってもなんの説得力も
ないけど。 愛も慈悲も忍耐も大して持ってないわー、、そっかー。 先は長いな。
その後、参列者もダライ・ラマ氏も聖職者のみなさんも一緒に祈りの時間が設けられました。
祈り、かぁ。
私の祈りたいことって、なんだろうな。
痩せたい?妊娠したい? それって、願望か^^;(特にひとつ目)。
神様に伝えたいことではないよね。。。
・・世界平和、というのはもちろんだけど、壮大過ぎるかな。
ふと心に浮かんだのは、先日、妊娠後期で死産されてしまった、大好きなブロガーさんでした。
交流はないので、私のことは知らないと思いますが、私は好きで読ませてもらってます。
文章から、人となりが伝わってきて、大好きなブログのひとつです。
それは先週に突然起こり、あまりにショックで言葉を失っておりました。
自分が流産した時は、人を慰められるような言葉をかけられるような人になりたい、だなんて
大口たたいていたくせに、いざ直面すると、もう、何も言えない。 ただただ呆然としてました。
どうしてこんなことが? 神様なんて、いないのかなと。(一応、神様はいると思ってます、、)
(神様は)本当にびっくりするほどひどいことをすると、妹が生後4ヶ月で亡くなった時に思いました。
人が亡くなるのは仕方のないことだけど、小さくて可愛い赤ちゃんを奪わなくても、良いのに。
心臓を握り潰されるような辛い出来事は、ある。 でも、生きていかなきゃいけない。
何も出来ないけど、祈ることなら、出来るのかな、
どうか、あの人の心が癒やされますように。
どうか、前を向ける日が近い将来に来ますように。
2013年11月18日月曜日
笑っちゃうぜっ
どなたかのブログに書かれていた、「移植後の笑いが着床率を上げる」という研究結果に
ものすごーく、心動かされました。 やっぱり、笑いって、世界を救ってるのね。
最近移植された方々へ。そして、いつか移植出来た時の自分のための覚書に。
あ、でも笑いのツボは人それぞれだと思うので、大したことない、なんて怒らないでね。。
夫と私は日常、大した内容のメールのやりとりはしていないのですが、たまに夫が脈絡なく
画像やら映像やらを送りつけてきます。 そして私はいつもそれに笑わせてもらってます。
その、一部です↓ あ、全てネット上から拾ってきたものらしいです。だめなのかな。。
ものすごーく、心動かされました。 やっぱり、笑いって、世界を救ってるのね。
最近移植された方々へ。そして、いつか移植出来た時の自分のための覚書に。
あ、でも笑いのツボは人それぞれだと思うので、大したことない、なんて怒らないでね。。
夫と私は日常、大した内容のメールのやりとりはしていないのですが、たまに夫が脈絡なく
画像やら映像やらを送りつけてきます。 そして私はいつもそれに笑わせてもらってます。
その、一部です↓ あ、全てネット上から拾ってきたものらしいです。だめなのかな。。
非常にシュールな漫画版『こころ』
天皇をもてなすくまモン
きっと、小学生に効果は見えにくいよね。
蛭子能収さんが提案する、東京オリンピックのキャラクターだそうです。『トカイッコ』。
あの高視聴率ドラマ、3連続。
迫真の演技が、、。
おぉ、高視聴率。
2013年11月17日日曜日
D8 卵管造影検査→旅行→D2 診察 その参(検査結果)
前回の続きですが、旅行中の、D9あたりに鮮血がちらりとあったので、あれ、卵管造影で
出血した?なんてのんきに考えていたのですが、D10でそのまま赤い衆らがやってきました。おぅ。
予定に無かったので、サニタリー用品は持っておらず慌てましたが、幸いにもホーチミン市は
都会なのでコンビニエンスストアなどもあり、急遽購入して事なきを得ました。
で、本来はD12であったはずのD2の日の朝7時に成田空港へ到着し、その足で杉山へ。
短い旅行ではありましたが、初めて訪れる土地で緊張もしたことで、その時既に疲労困憊。
杉山へ着く頃にはヘロヘロになっておりました。
先週の月曜日に杉山のロビーで、汚いジーンズ姿に黒い顔をしていたのが私です^^;。
夫は成田からそのまま自宅へ。冷たいやつめ。
D2にも関わらず内診してもらうことになりました。
子宮はすっかり生理中の形をしているとのことで、内膜も1mmくらいだったかな、
そんなに薄くなるのねっ というくらい薄くなってました。
卵巣も両方共ひしゃげた感じの黒い影が見えました。
先生も頭を捻らせて、うーんとうなり、結局その場で血液検査をすることになりました。
一時間ほどで結果が出るとのことで、丸の内をウロウロして、フォーを食べてから戻りました。
結果、E2の値が89くらいあって、生理中にしては高いそうで、やっぱりおかしい。
ひょっとしたらまた数日後に卵が育ってくるかも。 なんて予想をしてくれたのですが、
来周期からステップアップを考えていたので、ピルで強制的にリセットしてもらうことになりました。
・・最近、なんか妙に気分が悪い時間がある、なんて気になっていたのですが、
妊娠もしていないのに、気持ちが悪くてなんか嫌だな。脳腫瘍とかでも気分が悪くなると
聞いたことあるし、、、なんだろう。病気だったら困るな。
なんて思っちゃったけど、プラノバールを飲んでるんだった!
(プラノバールの副作用のひとつに、眠気や気分の悪さといったものがあるようです)
ハハハハ^^; AHOですね。
そうそう、プラノバールを2週間飲んで、3~5日後に生理がくるそうで、
そうしたら体外受精周期に入りたいと思います。お金の用意が出来たから、、。
本当は、ものすごく怖いです。
この数ヶ月、ステップアップをすることを視野に入れては来たけど、
同時に、このまま諦めて、夫婦2人で過ごすか、里親になるか、違った選択を
することもあるよね。と、そんなことをグルグルと考えてきました。
3月に妊娠出来た時、内診の度に「今回ダメでも、絶対にまた挑戦する」と
思っていたけど、時間が経つうちに、もう、あんな想いは二度とごめんだと、
ここ数ヶ月はそんな弱気な気持ちが勝るようになってきて、はっきりいって怖気づいていました。
「赤ちゃん待ち」のカテゴリーには、私なんかより大変な思いをされてる方がたくさんいるのに、
これしきのことでへばってる自分が情けないですが。
それに、こんな逃げの気持ちから乳児院に行っても、かえって失礼ですよね。
昨年の春に、ラーメン屋ののれんをくぐる気分でKLCにステップアップした時とは大違い(呑気すぎた、、)
病院も、KLCに戻るとか、他の病院への転院も考えてはみたのですが、この数カ月お世話に
なって、診察にも満足していてカルテもあることだし、杉山でやってみようと思います。
ただ、ここ数ヶ月は生理自体がおかしいので、決めたからといってすぐに出来るのかは
分かりませんが。でもやるとなれば、身体のめぐりを良くして、身体を温めて臨もうと思います。
がんばろう、ウム。
(検査結果)なんですが、不育症と着床障害の血液検査の結果が出てきました。
特に目立ったところは無かったのですが、「第XII因子凝固活性」(なんのこっちゃい)という
項目が人よりも若干高いそうで、血液が固まりやすいとのことでした。
もし上手くいけば、念の為にバファリン等薬を処方してくれるとのことでした。
↓PCの環境も整ったので、再び貼り付けられるようになりました。よろしかったらお願いします。

出血した?なんてのんきに考えていたのですが、D10でそのまま赤い衆らがやってきました。おぅ。
予定に無かったので、サニタリー用品は持っておらず慌てましたが、幸いにもホーチミン市は
都会なのでコンビニエンスストアなどもあり、急遽購入して事なきを得ました。
で、本来はD12であったはずのD2の日の朝7時に成田空港へ到着し、その足で杉山へ。
短い旅行ではありましたが、初めて訪れる土地で緊張もしたことで、その時既に疲労困憊。
杉山へ着く頃にはヘロヘロになっておりました。
先週の月曜日に杉山のロビーで、汚いジーンズ姿に黒い顔をしていたのが私です^^;。
夫は成田からそのまま自宅へ。冷たいやつめ。
D2にも関わらず内診してもらうことになりました。
子宮はすっかり生理中の形をしているとのことで、内膜も1mmくらいだったかな、
そんなに薄くなるのねっ というくらい薄くなってました。
卵巣も両方共ひしゃげた感じの黒い影が見えました。
先生も頭を捻らせて、うーんとうなり、結局その場で血液検査をすることになりました。
一時間ほどで結果が出るとのことで、丸の内をウロウロして、フォーを食べてから戻りました。
結果、E2の値が89くらいあって、生理中にしては高いそうで、やっぱりおかしい。
ひょっとしたらまた数日後に卵が育ってくるかも。 なんて予想をしてくれたのですが、
来周期からステップアップを考えていたので、ピルで強制的にリセットしてもらうことになりました。
・・最近、なんか妙に気分が悪い時間がある、なんて気になっていたのですが、
妊娠もしていないのに、気持ちが悪くてなんか嫌だな。脳腫瘍とかでも気分が悪くなると
聞いたことあるし、、、なんだろう。病気だったら困るな。
なんて思っちゃったけど、プラノバールを飲んでるんだった!
(プラノバールの副作用のひとつに、眠気や気分の悪さといったものがあるようです)
ハハハハ^^; AHOですね。
そうそう、プラノバールを2週間飲んで、3~5日後に生理がくるそうで、
そうしたら体外受精周期に入りたいと思います。お金の用意が出来たから、、。
本当は、ものすごく怖いです。
この数ヶ月、ステップアップをすることを視野に入れては来たけど、
同時に、このまま諦めて、夫婦2人で過ごすか、里親になるか、違った選択を
することもあるよね。と、そんなことをグルグルと考えてきました。
3月に妊娠出来た時、内診の度に「今回ダメでも、絶対にまた挑戦する」と
思っていたけど、時間が経つうちに、もう、あんな想いは二度とごめんだと、
ここ数ヶ月はそんな弱気な気持ちが勝るようになってきて、はっきりいって怖気づいていました。
「赤ちゃん待ち」のカテゴリーには、私なんかより大変な思いをされてる方がたくさんいるのに、
これしきのことでへばってる自分が情けないですが。
それに、こんな逃げの気持ちから乳児院に行っても、かえって失礼ですよね。
昨年の春に、ラーメン屋ののれんをくぐる気分でKLCにステップアップした時とは大違い(呑気すぎた、、)
病院も、KLCに戻るとか、他の病院への転院も考えてはみたのですが、この数カ月お世話に
なって、診察にも満足していてカルテもあることだし、杉山でやってみようと思います。
ただ、ここ数ヶ月は生理自体がおかしいので、決めたからといってすぐに出来るのかは
分かりませんが。でもやるとなれば、身体のめぐりを良くして、身体を温めて臨もうと思います。
がんばろう、ウム。
(検査結果)なんですが、不育症と着床障害の血液検査の結果が出てきました。
特に目立ったところは無かったのですが、「第XII因子凝固活性」(なんのこっちゃい)という
項目が人よりも若干高いそうで、血液が固まりやすいとのことでした。
もし上手くいけば、念の為にバファリン等薬を処方してくれるとのことでした。
↓PCの環境も整ったので、再び貼り付けられるようになりました。よろしかったらお願いします。
2013年11月15日金曜日
D8 卵管造影検査→旅行→D2 診察 その弐(旅行記)
1週間ほど前に風邪をひいたのですが、咳喘息になってしまい、咳に苦しむ今日このごろです。
帰国して病院に行って、気管支拡張などの薬はもらって飲んでいるのですが、まだ効いてこない、、
咳のしすぎで肋骨の内側に、切れてる?という痛みが、、、ぅぅ、みなさん咳にはご注意を。
そうそう、生理周期が10日で終わっちゃった、というつまらない話の途中でしたね。
今回は治療と全く関係無いのですが、ちょっと旅を振り返りたいと思います。
他に残せる場所が無いから・・。興味のない方はスルーしてくださいね。
D8で卵管造影検査をした後、成田へ走り、夕方の飛行機に飛び乗ってベトナム(ホーチミン市)へ
行ってきました。
我家の夫は非常に気まぐれ。 旅行に限らず、ふと夫が思いついた時、思いついたことをするので
私としては気が休まりませんが、結婚生活8年間で柔軟に(?)対応出来るようになりました。
夫の休みは、私の仕事。
で、今回は夫ルーレットによって、ベトナム旅行が組まれました。
特に行きたいと思ったことはありませんでしたが、いやーとても面白く興味深い旅でした。
街並みは、フランスの植民地時代の面影を残しながら、新しい建造物がたくさん出来ていました。
“わー、(フレンチコロニアル)可愛い~”などと声が漏れましたが、現地の人にとっては「植民地」
であった時代は決して誇れるものではないから、そんな風に“可愛い”などとはしゃぐのは、
ちょっと違うのかしらと、勉強不足な私は微妙な心境でしたが。でも、素敵だな。
友人にベトナムへ行って来たことを言うと、「雑貨屋さんめぐりした?」と最初に聞かれるのですが、
いやいや、きまぐれ夫との旅行でショッピングタイムは、ありません。
最終日にささとスーパーに寄ってお土産を買うので精一杯でした。
ゆっくりショッピングとか、したいなぁ。 コテコテだけど、アオザイとか作りたかったなぁ。
食事も全て美味しくて、日本人の口にぴったりだと思います。
ビビリなので、屋台は怖くて食べれなかったのですが、レストランに入っても、大概は日本よりもずっと安価に食べられます。
上の写真はベトナムの家庭料理を出している『フーンライ』というお店のものです。
現地に住んでいる夫の友人に聞いて行ったのですが、毎日食べたい味でした。
オーナーは日本人らしいのですが(あ、でもお客さんは日本人だけじゃなかったよ)、コンセプトが、スタッフには元ストリートチルドレンや貧困家庭からの子どもたちを教育して雇用している、ということだったので、それも少し驚きました。
だって、スタッフのみんなはプロフェッショナルな接客と英語をマスターしている子ばかりで、
改めて私の偏見と価値観の狭さを感じました。 “チャンスさえあれば” なんだなぁ。
初日から、クチ・トンネルという、ベトナム戦争時代にゲリラ戦が行われた跡地を観光しました。
ホーチミンからバスで2時間くらいの場所にあります。 インターネットで「ベトナム ツアー 日本語」
と入れると、色々なツアーが日本語ガイド付きで申し込めます。
そういったゲリラ達に手こずって、アメリカ軍は枯葉剤を撒いてジャングルを一掃しようとしたわけですが、枯葉剤の影響に私はまさに腰を抜かしました。
ベトちゃんドクちゃんは日本人にもなじみがあると思いますが、ベトナムでは現在でも彼らのような枯葉剤の影響を受けた子どもが毎年産まれているそうです。
上の写真は、女性の両親が枯葉剤を大量に浴びたんだけど彼女は健康に生まれ、、
ところがその子どもに影響が出ていた、というもの。何世代にも渡って影響が出るそうです。
ベトナムには現在400万人の枯葉剤による疾患を抱えた患者がいるそうです。
街を歩いていても、たくさん見かけました。
私としては過去の話だと思っていたけど、まだまだ現在進行形で。
いやーー。アメリカは、本当に、してはいけないことをしてしまったんだ。
決して許されてはいけないこと。
原爆もだけどね。
でもね、クチ・トンネルへ行った時の日本語ガイドさんは、ベトナム人だったんですが、
歴史のことも本当に詳しくて、何を聞いても答えてくれるような賢そうな人で、
植民地時代、ベトナム戦争時代を感情込めて苦しそうに話してくれるんだけど、
一方で、ベトナム人は、それらを忘れようとしている、とも話してくれました。
さすがに高齢者は記憶に新しくてアメリカに対する憎悪を隠そうとはしないらしいんだけど、若い人たちはアメリカの文化を受け入れ初めているのだそうな。 ・・・偉いよなぁ。
はぁ、思い出すと感慨深くなっちゃうなぁ。
自分の無知かげんを改めて反省。
今回の旅行は、思いがけず色々と感じさせられたものになりました。
帰りの飛行機でふと思い出したのはフーンライ(レストラン)で働いていた元ストリートチルドレンの若者たちの笑顔がとても素敵だったことで、あれだけの社会経験と自信を身につけたら、どこでもやっていけるだろうなぁ。皆とても仲が良さそうで、彼らは彼らが家族なのかもなーとも思いました。
色んな家族のカタチがあるんだなーと。
あと、戦後38年ということなのですが、復興ぶりに頭が下がる思いでした。
ベトナム人、やっぱすげぃ。
なにはともあれ、咳が辛くてポジティブなことが何も浮かばない、、。
やっぱり体力は必要だなぁ。
最期まで、ありがとうございます~。
帰国して病院に行って、気管支拡張などの薬はもらって飲んでいるのですが、まだ効いてこない、、
咳のしすぎで肋骨の内側に、切れてる?という痛みが、、、ぅぅ、みなさん咳にはご注意を。
そうそう、生理周期が10日で終わっちゃった、というつまらない話の途中でしたね。
今回は治療と全く関係無いのですが、ちょっと旅を振り返りたいと思います。
他に残せる場所が無いから・・。興味のない方はスルーしてくださいね。
D8で卵管造影検査をした後、成田へ走り、夕方の飛行機に飛び乗ってベトナム(ホーチミン市)へ
行ってきました。
我家の夫は非常に気まぐれ。 旅行に限らず、ふと夫が思いついた時、思いついたことをするので
私としては気が休まりませんが、結婚生活8年間で柔軟に(?)対応出来るようになりました。
夫の休みは、私の仕事。
で、今回は夫ルーレットによって、ベトナム旅行が組まれました。
特に行きたいと思ったことはありませんでしたが、いやーとても面白く興味深い旅でした。
| ホーチミン市中心部 |
| ビテクスコ・フィナンシャルタワー |
“わー、(フレンチコロニアル)可愛い~”などと声が漏れましたが、現地の人にとっては「植民地」
であった時代は決して誇れるものではないから、そんな風に“可愛い”などとはしゃぐのは、
ちょっと違うのかしらと、勉強不足な私は微妙な心境でしたが。でも、素敵だな。
| 市民劇場 |
| ホテルマジェスティックのシャンデリア |
いやいや、きまぐれ夫との旅行でショッピングタイムは、ありません。
最終日にささとスーパーに寄ってお土産を買うので精一杯でした。
ゆっくりショッピングとか、したいなぁ。 コテコテだけど、アオザイとか作りたかったなぁ。
食事も全て美味しくて、日本人の口にぴったりだと思います。
| 空芯菜の炒めもの、茄子のグリル |
| 海鮮土鍋ご飯(むっちゃ美味い) |
上の写真はベトナムの家庭料理を出している『フーンライ』というお店のものです。
現地に住んでいる夫の友人に聞いて行ったのですが、毎日食べたい味でした。
オーナーは日本人らしいのですが(あ、でもお客さんは日本人だけじゃなかったよ)、コンセプトが、スタッフには元ストリートチルドレンや貧困家庭からの子どもたちを教育して雇用している、ということだったので、それも少し驚きました。
だって、スタッフのみんなはプロフェッショナルな接客と英語をマスターしている子ばかりで、
改めて私の偏見と価値観の狭さを感じました。 “チャンスさえあれば” なんだなぁ。
初日から、クチ・トンネルという、ベトナム戦争時代にゲリラ戦が行われた跡地を観光しました。
ホーチミンからバスで2時間くらいの場所にあります。 インターネットで「ベトナム ツアー 日本語」
と入れると、色々なツアーが日本語ガイド付きで申し込めます。
![]() |
| クチ・トンネル |
↑ジャングルの地下にこーんな穴の住居があって、ベトナム戦争中、アメリカ軍に抵抗する
ゲリラ勢力がこの中で暮らしていたそうです。全長250kmだったかな?
穴の大きさは幅60cm、高さ1m。試しに入らせてもらいましたが、私の前を歩いていたおじさんが、
膝が痛い、といって動けなくなり、後ろから人は来るし、酸素は薄いし、若干パニックになる始末でした。 当時はもっと狭かったというし、いやー、ベトナム人てすげぃ。
そういったゲリラ達に手こずって、アメリカ軍は枯葉剤を撒いてジャングルを一掃しようとしたわけですが、枯葉剤の影響に私はまさに腰を抜かしました。
| 戦争証跡博物館の写真展より |
上の写真は、女性の両親が枯葉剤を大量に浴びたんだけど彼女は健康に生まれ、、
ところがその子どもに影響が出ていた、というもの。何世代にも渡って影響が出るそうです。
ベトナムには現在400万人の枯葉剤による疾患を抱えた患者がいるそうです。
街を歩いていても、たくさん見かけました。
私としては過去の話だと思っていたけど、まだまだ現在進行形で。
いやーー。アメリカは、本当に、してはいけないことをしてしまったんだ。
決して許されてはいけないこと。
原爆もだけどね。
でもね、クチ・トンネルへ行った時の日本語ガイドさんは、ベトナム人だったんですが、
歴史のことも本当に詳しくて、何を聞いても答えてくれるような賢そうな人で、
植民地時代、ベトナム戦争時代を感情込めて苦しそうに話してくれるんだけど、
一方で、ベトナム人は、それらを忘れようとしている、とも話してくれました。
さすがに高齢者は記憶に新しくてアメリカに対する憎悪を隠そうとはしないらしいんだけど、若い人たちはアメリカの文化を受け入れ初めているのだそうな。 ・・・偉いよなぁ。
はぁ、思い出すと感慨深くなっちゃうなぁ。
自分の無知かげんを改めて反省。
今回の旅行は、思いがけず色々と感じさせられたものになりました。
帰りの飛行機でふと思い出したのはフーンライ(レストラン)で働いていた元ストリートチルドレンの若者たちの笑顔がとても素敵だったことで、あれだけの社会経験と自信を身につけたら、どこでもやっていけるだろうなぁ。皆とても仲が良さそうで、彼らは彼らが家族なのかもなーとも思いました。
色んな家族のカタチがあるんだなーと。
あと、戦後38年ということなのですが、復興ぶりに頭が下がる思いでした。
ベトナム人、やっぱすげぃ。
なにはともあれ、咳が辛くてポジティブなことが何も浮かばない、、。
やっぱり体力は必要だなぁ。
最期まで、ありがとうございます~。
2013年11月12日火曜日
D8 卵管造影検査→旅行→D2 診察 その壱
いやー、、なんか最近、いよいよ私の下半身が変です。(いきなりの下半身事情ですみません。)
9月に、生理周期18日で生理が来てしまい驚愕していたのですけど、
今回は10日で周期が終わってしまいました。 うーん。
33歳の頃に派遣で働いていた職場で、「最近身体の調子がちょっとおかしいんだよねー」
ようなことを同世代の女性に話したら、「女が下り坂に入ったんだよ」と言われたことが印象深く。
あれから4年。 私の女力もこれまでなのか。
・・もともと女力の低い私なので、ちょっとした変化にもビクついている次第です。
今周期は、きまぐれ夫のきまぐれ旅を予定していたので、人工授精は半分諦めていたものの、
蓋を開けてみたら、D8で卵管造影検査をしてそのまま成田へ。
3泊5日の旅行をして、D12に成田到着、そのまま杉山へ行って卵胞確認をする、というスケジュールが組めたので、“わ~、上手くいくと、良いな~”なんてファンタジーを思い描いていたのですが。
まさかの生理周期わずか10日でのリセットでした。 おぅ、まい。
とりあえず杉山の予約は取り消さず、生理2日目にもかかわらずエコーで排卵されているか、
確認してもらいました。 ・・生理中の内診、好きな人なんていませんよね(涙)。
D8の卵管造影検査の話に戻りますが、体外受精にステップアップするのなら、しなくても良いのかもしれませんが、今後は体外の間に人工を挟みながら、と考えているので、やっぱりやっておこう。
できることは、なんでもしよう。
卵管造影検査も今回で3回目となりました。前回2回とも問題は無かったのですが、一応。
初めて行ったのは、ちょっと古めの産婦人科で、内診室で管を入れたあと、腰にタオルを巻いただけの姿で、待ってる患者さんの横をテクテク歩いてレントゲン室に行きました。
2回目は不妊治療専門クリニックで、内診台に座ったままで、いつも見ているエコーのモニターに
卵管造影の画像が映り、おぉ、と不妊治療クリニックの設備の高性能なのに感動を覚えました。
果たして杉山は、どうなのかしら?
前者でした。
内診室からレントゲン室は歩いて数歩のところでしたが、一応待合を通るので、
誰もいなくて良かった。ほっ。 ・・てか、誰とも会わないように、時間を設定してくれたのかな。
レントゲン室は、よくある普通のレントゲン室で、人ひとりが横になれるような台がでーんとありました。 先生がこんな服を着て現れて、(↓誰だろう、、写真勝手にお借りしてます)
液を入れながら、何枚か写真をとりました。 いやー、痛かった!
でも先生がどうぉ?なんて様子を聞きながらしてくれるので、気は紛れましたが。
結果は、痛みはありましたが両方共卵管は通っておりました。
でもいつか院長先生が言っていたのですが、卵管は通っていても、卵管采が内蔵のどこかに
くっついてしまっていて、卵を取りに行けていない、というケースもあるそうなので、
卵管造影検査で異常なし ≠ ピックアップ障害ではない
ということではないそうです。 まぁ念のため。
で、その後は夕方の便に間に合うよう、成田へダッシュしたわけですが、
卵管造影検査は人によっては気分が悪くなってしまう人もいるようで、私もその晩は微熱があったので、あまり無茶なスケジュールは組まないほうが良いなぁと思いました。当たり前か^^;。
長くなるので、続く。
9月に、生理周期18日で生理が来てしまい驚愕していたのですけど、
今回は10日で周期が終わってしまいました。 うーん。
33歳の頃に派遣で働いていた職場で、「最近身体の調子がちょっとおかしいんだよねー」
ようなことを同世代の女性に話したら、「女が下り坂に入ったんだよ」と言われたことが印象深く。
あれから4年。 私の女力もこれまでなのか。
・・もともと女力の低い私なので、ちょっとした変化にもビクついている次第です。
今周期は、きまぐれ夫のきまぐれ旅を予定していたので、人工授精は半分諦めていたものの、
蓋を開けてみたら、D8で卵管造影検査をしてそのまま成田へ。
3泊5日の旅行をして、D12に成田到着、そのまま杉山へ行って卵胞確認をする、というスケジュールが組めたので、“わ~、上手くいくと、良いな~”なんてファンタジーを思い描いていたのですが。
まさかの生理周期わずか10日でのリセットでした。 おぅ、まい。
とりあえず杉山の予約は取り消さず、生理2日目にもかかわらずエコーで排卵されているか、
確認してもらいました。 ・・生理中の内診、好きな人なんていませんよね(涙)。
D8の卵管造影検査の話に戻りますが、体外受精にステップアップするのなら、しなくても良いのかもしれませんが、今後は体外の間に人工を挟みながら、と考えているので、やっぱりやっておこう。
できることは、なんでもしよう。
卵管造影検査も今回で3回目となりました。前回2回とも問題は無かったのですが、一応。
初めて行ったのは、ちょっと古めの産婦人科で、内診室で管を入れたあと、腰にタオルを巻いただけの姿で、待ってる患者さんの横をテクテク歩いてレントゲン室に行きました。
2回目は不妊治療専門クリニックで、内診台に座ったままで、いつも見ているエコーのモニターに
卵管造影の画像が映り、おぉ、と不妊治療クリニックの設備の高性能なのに感動を覚えました。
果たして杉山は、どうなのかしら?
前者でした。
内診室からレントゲン室は歩いて数歩のところでしたが、一応待合を通るので、
誰もいなくて良かった。ほっ。 ・・てか、誰とも会わないように、時間を設定してくれたのかな。
レントゲン室は、よくある普通のレントゲン室で、人ひとりが横になれるような台がでーんとありました。 先生がこんな服を着て現れて、(↓誰だろう、、写真勝手にお借りしてます)
液を入れながら、何枚か写真をとりました。 いやー、痛かった!
でも先生がどうぉ?なんて様子を聞きながらしてくれるので、気は紛れましたが。
結果は、痛みはありましたが両方共卵管は通っておりました。
でもいつか院長先生が言っていたのですが、卵管は通っていても、卵管采が内蔵のどこかに
くっついてしまっていて、卵を取りに行けていない、というケースもあるそうなので、
卵管造影検査で異常なし ≠ ピックアップ障害ではない
ということではないそうです。 まぁ念のため。
で、その後は夕方の便に間に合うよう、成田へダッシュしたわけですが、
卵管造影検査は人によっては気分が悪くなってしまう人もいるようで、私もその晩は微熱があったので、あまり無茶なスケジュールは組まないほうが良いなぁと思いました。当たり前か^^;。
長くなるので、続く。
2013年11月6日水曜日
『置かれた場所で咲きなさい』
3、4年前、本屋をうろついていた時、本の背表紙に書いてあって、“良い言葉だなー”と思い、
それ以来そのフレーズが頭に残って、いつしか定期的に浮かぶようになりました。
買わなかったのですけど、、。
ググってみると、渡辺和子さんという修道院にいる方が書かれた本が出てきました。
あれー、でも、私が見たのは違う方の本だったので、よく言う言葉なのかしら。。
渡辺さんの本しか出てこないから、消えてしまったのか、、可哀相な。
“置かれた場所で咲きなさい”
背筋の伸びる言葉だなぁ。
・・先ほど片付けをしながら転勤妻の不平を頭の中でグルグルし始めかけた時、
この言葉に、グイーっと引戻されました。
いろんなシーンで使えそうですよね。
ちょいと、書き留めておきます。
それ以来そのフレーズが頭に残って、いつしか定期的に浮かぶようになりました。
買わなかったのですけど、、。
ググってみると、渡辺和子さんという修道院にいる方が書かれた本が出てきました。
あれー、でも、私が見たのは違う方の本だったので、よく言う言葉なのかしら。。
渡辺さんの本しか出てこないから、消えてしまったのか、、可哀相な。
“置かれた場所で咲きなさい”
背筋の伸びる言葉だなぁ。
・・先ほど片付けをしながら転勤妻の不平を頭の中でグルグルし始めかけた時、
この言葉に、グイーっと引戻されました。
いろんなシーンで使えそうですよね。
ちょいと、書き留めておきます。
2013年11月5日火曜日
「死ぬときに言う」
まだ新婚で私がメルヒェン全開だった頃、夫に「結婚して、良かったね~」とのろけたところ、
返ってきたのが↑上の言葉です。
“本当に結婚して良かったかは、今言えることではなく、死ぬときに初めて分かる”ということらしい。
なんか、シビアですよね。 新婚の時くらい、客観的にならないで欲しいものですが。
でも、夫のそんなところも嫌いではないのです、はは。 ・・とはそんなことはどうでもよいですね。
先週東京での仕事を締めくくって、最後の日はグループの皆さんとご飯を食べに行き、
花束なんてもらってしまったのですが、そのお花達も今朝にはいよいよ元気なく、萎れてきました。
もう前を向いて、始動しなさいということだと思うのですが、何をすれば良いのか、分からない・・。
早くて来月にステップアップを予定しているので、とりあえずはのんびりを企てております。
歯医者を探そうとベネッセのウィメンズパークにログインして、住所変更をしたところ、
現在の街の掲示板に、様々な人が書き込みをしていました。
“引っ越してきたばかりです。お友達になってください。3歳と1歳の子どもがいます。”
昨日書かれたらしいその書き込みに、既に3件くらいの返信が入ってました。
それぞれ同じ歳くらいのお子さんを持った女性達から、、ぁぁいいな。
先日夫の先輩夫婦が来てくれた時も、お互い転勤族なので、新しい街の感想を聞いたところ、
「子どもがいると、どんどん知り合いが出来て、世界が広がるんだよねー」と。
やはりそうだったか・・。 薄々分かってはいたのだけどね、 ヘンッ。
テレビの話なのですが、NHK教育でやってる『グレーテルのかまど』という番組が好きなのですが
“ヘンゼルとグレーテル”の末裔の姉弟、という設定で、瀬戸康史扮するグレーテル(弟)が、姉ちゃん(ヘンゼル)のためにスイーツを作る、という30分の料理番組です。
毎回、美味しそうなお菓子が出てきて、面白いのは、それにまつわる様々なエピソードが用意されているので、美味しそうなだけではなく、ちょっとした感動もついてきます。
“オードリー・ヘップバーンのチョコレートケーキ”とか、“宮沢賢治のアイスクリーム”とか。
・・瀬戸康史くんがイケメンである、というところも大きいですが。
私が今回いつも以上に感動してしまったのは、“沢村貞子の大学芋”。
沢村貞子さんは、1908年、芸能一家に生まれた女優で、甥には長門裕之と津川雅彦がいます。(敬称略)
名脇役と言われ、晩年は随筆家としても活躍されていた方です。
家庭をとても大事にされてた方で、魅力的な役のオファーがきても、家族の夕飯を作れない
ものは断っていたのだとか。家事と仕事とどちらを取るか。といった質問には、「家庭があっての
仕事だから、まずは家事をすることを最優先します。毎日の基本を大切にしたいから」ような
とはいっても、最期まで過ごしたご主人とは、37歳の頃、お互いに家庭を捨てて(!)一緒になったというので、いつも、“捨てられる側”につい感情移入してしまう私としては少し微妙な心境ですが^^;。 (やるなぁ)
365日欠かさず食事日記をつけて、ご主人の好物を作ったそうです。なかでも食後の大学芋が彼の好みだったそうで、日記には頻繁に登場します。
ご主人が亡くなられてから、彼女宛ての一通の手紙が見つかったそうです。
内容は、“何の取り柄も無い自分に、唯一降ってきた幸運はあなたです”ような感じのものだったそうです。そういったことを生前、一度も言ったことのない人だったので、とても驚いたのだとか。
その手紙のナレーションが流れて、その思いやりのある言葉に自然と涙が出ました。
彼女も、「私はひとりだけ、幸せに出来たんだわ、とおもったの」と話していて、素敵でした。
して、我家の夫の言う、「死ぬときに言う」は、はたしてどうなるのでしょうか。
私は夫を、幸せにすることは出来るのでしょうか。 今から怖いです^^;。
返ってきたのが↑上の言葉です。
“本当に結婚して良かったかは、今言えることではなく、死ぬときに初めて分かる”ということらしい。
なんか、シビアですよね。 新婚の時くらい、客観的にならないで欲しいものですが。
でも、夫のそんなところも嫌いではないのです、はは。 ・・とはそんなことはどうでもよいですね。
先週東京での仕事を締めくくって、最後の日はグループの皆さんとご飯を食べに行き、
花束なんてもらってしまったのですが、そのお花達も今朝にはいよいよ元気なく、萎れてきました。
もう前を向いて、始動しなさいということだと思うのですが、何をすれば良いのか、分からない・・。
早くて来月にステップアップを予定しているので、とりあえずはのんびりを企てております。
歯医者を探そうとベネッセのウィメンズパークにログインして、住所変更をしたところ、
現在の街の掲示板に、様々な人が書き込みをしていました。
“引っ越してきたばかりです。お友達になってください。3歳と1歳の子どもがいます。”
昨日書かれたらしいその書き込みに、既に3件くらいの返信が入ってました。
それぞれ同じ歳くらいのお子さんを持った女性達から、、ぁぁいいな。
先日夫の先輩夫婦が来てくれた時も、お互い転勤族なので、新しい街の感想を聞いたところ、
「子どもがいると、どんどん知り合いが出来て、世界が広がるんだよねー」と。
やはりそうだったか・・。 薄々分かってはいたのだけどね、 ヘンッ。
テレビの話なのですが、NHK教育でやってる『グレーテルのかまど』という番組が好きなのですが
“ヘンゼルとグレーテル”の末裔の姉弟、という設定で、瀬戸康史扮するグレーテル(弟)が、姉ちゃん(ヘンゼル)のためにスイーツを作る、という30分の料理番組です。
毎回、美味しそうなお菓子が出てきて、面白いのは、それにまつわる様々なエピソードが用意されているので、美味しそうなだけではなく、ちょっとした感動もついてきます。
“オードリー・ヘップバーンのチョコレートケーキ”とか、“宮沢賢治のアイスクリーム”とか。
・・瀬戸康史くんがイケメンである、というところも大きいですが。
私が今回いつも以上に感動してしまったのは、“沢村貞子の大学芋”。
沢村貞子さんは、1908年、芸能一家に生まれた女優で、甥には長門裕之と津川雅彦がいます。(敬称略)
名脇役と言われ、晩年は随筆家としても活躍されていた方です。
家庭をとても大事にされてた方で、魅力的な役のオファーがきても、家族の夕飯を作れない
ものは断っていたのだとか。家事と仕事とどちらを取るか。といった質問には、「家庭があっての
仕事だから、まずは家事をすることを最優先します。毎日の基本を大切にしたいから」ような
返事に、なんだか素敵だなーと感じ入ってしまいました。 私は全てが中途半端なので(汗)。
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| 『わたしの献立日記』沢村貞子著 |
とはいっても、最期まで過ごしたご主人とは、37歳の頃、お互いに家庭を捨てて(!)一緒になったというので、いつも、“捨てられる側”につい感情移入してしまう私としては少し微妙な心境ですが^^;。 (やるなぁ)
365日欠かさず食事日記をつけて、ご主人の好物を作ったそうです。なかでも食後の大学芋が彼の好みだったそうで、日記には頻繁に登場します。
ご主人が亡くなられてから、彼女宛ての一通の手紙が見つかったそうです。
内容は、“何の取り柄も無い自分に、唯一降ってきた幸運はあなたです”ような感じのものだったそうです。そういったことを生前、一度も言ったことのない人だったので、とても驚いたのだとか。
その手紙のナレーションが流れて、その思いやりのある言葉に自然と涙が出ました。
彼女も、「私はひとりだけ、幸せに出来たんだわ、とおもったの」と話していて、素敵でした。
して、我家の夫の言う、「死ぬときに言う」は、はたしてどうなるのでしょうか。
私は夫を、幸せにすることは出来るのでしょうか。 今から怖いです^^;。
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