既にカミングアウトしている私は「話して良いのか?」と珍しく母にボヤこうと
「そういえばこんなことあってさ、医者にこんなこと言われてさ」と話し始めた所、
かぶせるようにして「そんなことよりね、」と他の話題を振ってきた母。
しかも彼女の外反母趾の話だった・・@o@!
「そんなこと」って・・・。 まぁ娘の辛い?話を聞きたくなかったのかもしれませんが、
私は母のそういうところに慣れているのであぁまたか、でもネタにして人に話そう。
くらいにいつも流してしまうのですが、うちの母の事をあまり知らない友人に話した所
ものすごく驚かれました。
その友人は結婚して地元を離れていて、子どもがいないせいか彼女の母親と平日は毎日
一時間くらい電話で話すそうです(確か実家を離れて5年くらいだったと思う)。
何をそんなに話すことがあるのか不思議でたまりませんが、良い親子関係なんだなーと。
だから彼女は「そんなことよりね、」なんて言われたらその時点で話を止めてとことん
母親に訴えるよと。そっかー、普通はそうなのか。
話は変わりますが昨晩のNHKドラマ『つるかめ助産院』を見ていたところ、上のことも
合わせて母親との関係をきちんと考えた方が良いのかもしれないなと思い至りました。
主人公の女の子(仲里依紗)は産まれてすぐ捨てられある夫婦(賀来千香子)に引き取られる
のですが、その夫婦には幼くして亡くしてしまった女の子がいて、仲里依紗は自分はその
実の娘の身代わりに育てられたと思っています。
だから、自分の素直な気持ちを親に話すことは出来なかったし、何が何でも
良い子でいなきゃいけなくて、しんどかったと。
私はおそらく母の実の子だとは思うのですが、「良い子で~」ようなところがすごく
分かります。そういうプレッシャーを感じている子どもって、少なくないと思います。
というのも、私の母親は36歳の時に産んだ私の妹1を生後4ヶ月で亡くして、その2年後に
産んだ妹2は染色体異常で生まれたため、かなり大変な子育てを経験しているから。
10月は私の2人の妹達の命日と誕生日があり、この時期はおセンチになること必然です。
妹1が亡くなった日のことは今でも鮮明に覚えていて、もし私が女優になったとしても
あの日を思い出せば自然と涙が溢れるので泣くシーンは大丈夫かと思われます(違う?)
かたや妹2の誕生は家の中を一瞬にしてパッと明るくしてくれましたが、
その後彼女が成長するにつれて”普通とは何かが違う”ところが出てきました。
妹2の染色体異常は外見上は分かりにくく、でも専門医が見れば特徴があるのですが、
我々家族に至ってはそれに気が付かず、でも”普通とはなんだか違う”、という
モヤモヤとしたものだけがありました。
妹2は普通の幼稚園と学校に通ったのですが、子どもって一番残酷だなとも思うのは、
彼女が"普通と何かがちがう"ということで執拗ないじめを受けたことです。
その頃私は地方の大学へ進学したため家を出ていて妹2の状況を逐一分かる状況では
無かったのですが、たまの帰省や姉からの電話で断片を聞くだけで身体の芯が
凍り付くような気持ちでした。 一番近くで見ていた母は、どんな心地だったのか。
父親は家族のことが大好きで休みの日は必ず家族と過ごすという人でしたが、
そんな人でも妹2の病気やいじめには無関心、というか、認めたくない、というか。
妹2の問題の大部分は母1人で背負っていたように思います。
その頃の私は私なりに考えて、唯一自分に出来ることは「親に心配をかけないこと」
「自慢の娘になること(おこがましいですが)」なのではと結論に至りました。
それからは、親の手を煩わせたり、悩み事を持ちかけたりしないよう極力気をつけて、
妹2の状況が落ち着いた今でもそのくせは変わりません。
ちなみに「自慢の娘」路線は断念せざるを得ませんでしたが。
そんな経緯もあってか、私は母親に何かを相談したり、あまりしません。
だから夫は一番なんでも話せる相手で、実家にいるよりも安心感を覚えます。
でもそれは決して実家を非難するつもりではなく、自分が社会に出て周囲と上手く
いかなくなった時には相談せざるを得なかったり、何がなんだか分からなくなった
時には親に恨み言をボヤいたこともあります^^;。
あぁごめんなさい若気の至りということで。
私の両親はきちんと親の役割を果たして私を育ててくれました。
本当に感謝しています。
だからまた「そんなことより、」と言われても同じように流してしまうと思います。
もしくはネタにしてみんなが揃っている時に披露するとか^^;。
私が今実家の家族のために出来ることは妹2の将来を心配することかな、
とも思っていて、非力ですが将来彼女の相談相手になれたら、と思っています。
妹1の死は後にも先にもあんなに悲しい想いをした経験はありません。
姉妹でさえそうなのですから親の立場からしてみたらと思うと、言葉がみつかりません。
36歳、私はあの頃の母と同じ歳になったのだなと、感慨深いです。
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