2012年5月19日土曜日

夫の協力(D1)

D33 36.88
D34 37.04
D35 36.86
D36 36.94 (D36で高温期が続いているのは、排卵日が遅かったためです。)
D1   36.64

本日から体温も下がり、ピンクおりがありますが、まだ頭のどこかで
「いやいや、明日になれば止まるかもよ。」などと気持ち粘っている自分がいます。
この粘り強さをどうか学生時代に戻って勉学に当てることが出来たら、
などと思います。

今日はちょっとおセンチ+ノロケに浸らせてください…。
実家の昔話なのですが、私が8歳の時に一人目の妹が生後4ヶ月で亡くなり、
その2年後に二人目の妹が遺伝子疾患を持って生まれてからは
家の中が結構荒れてたなーと、今振り返ると思います。

(子供を失っても両親はよく持ちこたえて良い関係を維持出来たと尊敬してますが。)

ただやっぱり家の中は暗い雰囲気が絶えずあって、母も塞ぎがちだったと思うし、
私と姉の学校行事や習い事に顔を出すことはありませんでした。
今思うと贅沢なのですが、姉妹2人ともピアノ、くもん、絵、水泳、バスケット等
習わせてもらってたのですが、どの発表会(?)にもきてくれることはなく、
小学校の運動会も3年生の頃からは3つ上の姉と2人でお弁当を食べていました。
(周りが全て家族連れな分、子供だけというのはなんか、寂しいものなんですよね^^;
でも母が当時経験したことを思えば、私達姉妹の寂しさは屁くらいなものでしょう。)

いつの頃からか誕生日プレゼントもブラジャーも修学旅行に着ていく服も自分で買いに
行くようになり、高校時代に三ヶ月の夏休み期間に親元を離れて少し離れた都市で
ホームステイした時も、進学先の大学も、就職も、親に相談に乗ってもらうということを
思いつかず、いつも事後報告してお金だけ請求する、という可愛く無い子供でした。
なので結婚がきまって1人で準備していると、母が不意に「ドレス選びに付き合いたい」と
言ってくれた時には、なんだか涙が出そうなほど嬉しかった、という記憶があります。

現在。私は肝っ玉は小さいくせに人に相談することが苦手で、なんでも1人でするけど、
すぐに一杯一杯になる。という非常に使えない人間になってしまってます、はい。
(職場でのホウレンソウは、ちゃんとするよう心がけてますけどね、、。)
今回の不妊治療のことも、夫は仕事で疲れて帰ってくるともう話す気力も無いし、
治療の話は面白くないと思って必要最低限のことしか話していませんでした。

なので他の方のブログのように、基礎体温に一緒に一喜一憂してくれるだとか、
病院に一緒にきてくれるだとか、うわ~、羨ましす!とよだれを垂らして読んでました。

今朝は土曜日ということもあってなんだかリラックスしてる様子だったので
なんとなく体外にステップアップする話をしてみました。
夫は何気なく「病院変えてみろ」、などと言うのですがだいいち転院は結構面倒だし
夫の子分たちを採取して持って行くには自宅から近いことが優先されると思うので
そこは譲れない、「近くなきゃ困るでしょ」というやりとりをしてたのですが。
ふと夫が「え、俺も病院に行くけど?」と自然にサラリと言ってのけたのでした。

エーッ、ソーユーノ、キライダトオモッテタ。

私が考えてるよりもずっと夫は協力的になってたみたいでした。
これまでの私の説明不足が悪かったのでしょうか!?
「1人で頑張ってる私」は幻想でした。。

でもでも、嘘でも嬉しかったです^^。
(夫は典型的なB型男性で、言うことがコロコロ変わります。)
(あ、B型の方ごめんなさい。男性に限ってですが俗説を信じてしまってます私は^^;)

なんて、リセットしたわりにはすがすがしい気持ちの1日となったのでした。
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