2014年2月4日火曜日

D15 受精確認

今日は受精確認の日でした。

これまで受精前に卵が崩れてしまったことはあったのですが、受精だけは順調で、
今日も「きっとだいじょうぶ」なんて自分に言い聞かせながら電話したところ。

“異常受精のため、培養を中止しました。”
と、いうことでした。  5回目の体外受精、終了。
なにやら、精子が2個以上入ってしまったようで、勢いが過ぎたのか。卵のガードが弱かったのか。


「これで最後にしよう」今回はそう思ってした採卵でした。
近々我家では大型のローンを組むことになったので私もフルで働いて繰越返済をしていった方が良いし、“子どもが出来たらむしろ困る”くらいの考えで望んだつもりでしたが。
通院する度にやっぱり欲しいな、出来たら良いな。という気持ちが勝っていき、今回の治療も上手く行って欲しいと切に願ってました。

今回行ったクリニックは成功報酬制を採用しています。
といってもKLCや夢クリのように初めてで陰性の人は無料!というくらいの太っ腹でさはないのですが、
胚盤胞まで辿りつけなければ、培養費用はいただかない、といった具合なので、採卵だけにかかるのは採卵費用(¥198,000)と年齢加算(¥9,800 年齢がかさむにつれて上がります^^;)と薬代といった感じです。それに転院減免といって、採卵を他の病院で3回以上した人には初回に限ってですが、-¥50,000の割引があるので、私が今回支払った金額は¥170,000強でした。
それに、最後の助成金が受けられるので(移植までいかない場合は¥75,000)、合計¥100,000くらいで
済みました。それだけが慰め。
(あ、でも注射の費用や不育症検査やらでそれまでに¥50,000程支払ってます。)

数週間前にフルタイムで働こうと思い立って、3ヶ月ほど資格を取るための学校にも通うつもりで申し込みました。来月からは月~金までみっちり学生をするので、採卵も物理的に難しくなるよう自分を追い込んだつもりでしたが。  はぁ~、、、どうしようかな。 消化不良な終わり方。

昨日夫と今後のことについて話しました。
我家は転勤族ということもあり、私は正社員になるつもりはなくてですね。
周囲の同じ業種の人の家庭を見渡してみても、フルタイムで働いている奥さんは、ほぼいないんですよね。そもそも9割の家庭にはお子さんがいる感じだし、3~4年くらいで転勤になるので、きっとそれどころではなさそうだし、残りの1割の子どもがいない家庭の奥さんはパートタイムか趣味に走るか。 保険とか年金の手続きとか、面倒くさいし、、。


でも、中にはものすごい人もいるんですよね。
現在夫がいる支店に同世代の女性で総合職(もうそう言わないんだっけ)の人がいるのですが、
なんと3歳の子どもを連れての単身赴任。家と夫を東京に置いてきたそうです。
縁もゆかりもないこの地で、誰の手も借りずしかも男性と同じ内容の仕事を、幼児を育てながら。

はぁーーーーーーー、凄か。
東京にいた頃も働きながら子育てしながら、の素敵な女性達が夫の周囲にはたくさんいたので、
夫には、彼女達と比較され、「お前も見習え」と散々言われてきました。
結婚して以来、私はそうして素敵女性達と比べられ、蔑まれてきたのです^^;(大袈裟)。

30代後半、仕事も子どもも無い虚しさは、考えだすと欝になりそうなので深追いはしませんが。
でもそうして比べられ続けるのもしんどいし、第一社会参加できるスキルも無いのが寂しいなと。
何事も、遅すぎても、やらないよりはマシなのです。あぁフルタイムで働きたい。社会参加したい。


そんな最近の気持ちを「もし今回の体外受精が上手く行かなかったら、不妊治療は今後は人工授精をして、今年いっぱいで辞めようと思う」という言葉に変えて夫に伝えると、彼は驚いた様子。
夫:「えっ、42歳までは続けようよ(最近夫の知人で42歳の女性が妊娠したそうで、きっとその年令に深い意味はないのだと思います。)」
私:「でも、不妊治療を続けると、まともには働けないでしょ。(面接時に、「不定期で、月に2、3日、休むかもしれません。」と、言うのでしょうか。)」
夫:「働かなくていいから、不妊治療しようよ。」


・・・・へ?今、なんと言いました?
ニヤつきながらだったので悪意は込められていましたが、夫の口から初めて「働かなくていいから」と、昭和の男性のような発言が飛び出しました。 

そして、夫:「諦めるなよ、だからお前はダメなんだ。」「何歳まで頑張る、と区切ってやればいいじゃないか」
と畳み掛けてきたのですが。
うーん、私、この7年間頑張ってきたと思ってます。タイミングを夫に申し出ても無視されるなんて日常で、あんときゃそりゃー辛かった。 それに、体外受精にステップアップしたのも、もう限界だったから。心が折れる寸前で、思い切って飛び込んだのです。初めは3回だけにしようと思ってたの。諦めきれないから続けたけど。

“子どもが出来る”という前提で全て運んできたつもり。
でも最近は人に子どものことを尋ねられると「子どもはいません」と答えるようになりました。
以前までは「まだいないんです」なんて“まだ”とつけていたんだけど、それが出来なくなり。

だから、不妊治療は38歳まで。と、区切ろうと思ったのです。
(あればだけど)仕事して、どこへ引っ越しても働けるようなスキルを身につけたいなと。
子どもを諦めるには早いかもしれませんが、母が妹2を産んだのが38歳。
体力的にもしんどそうで、半分ノイローゼのようになっていた母を思い出すと、私は体力が無い方なので(ガタイは良いのですが、、)、38歳を目安にしても良いのかなと。

(あればだけど)仕事をして、自分の食べる分を稼げるようになったら、そしたら養子のことも検討しても良いのかな。今は夫におんぶにだっこなので、少しは自立しないと。

今回体外受精をして、妖精が降臨したなら万々歳。陰性をくらったら、また排水口の髪の毛のようになって、そして徐々に諦めもつくかと思ったのですが、今回のこの消化不良な終わり方。
正直、揺れています。 採卵痛くなかったし。。

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